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「監督に向いてないね」王貞治に直言した張本勲、“監督就任”が消えた日…生前に本人が明かしていた“なぜ固辞したか?” 天才の孤独を元同僚は見た
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岡野誠Makoto Okano
photograph byAFLO
posted2026/10/03 11:04
張本勲はなぜプロ野球監督にならなかったのか
「兄ちゃん、申し訳ないですが、あいつのことは俺が責任を持って面倒を見ますから、もう一度考え直してもらえないでしょうか」
土橋は張本の意見を尊重し、世紀のトレードは成立寸前で御破算となった――。
〈この話はいつか消えてしまった〉のではなく、張本が自ら動いて消滅させたのだ。情に厚い男は、大杉をトレードに出せなかった。しかも、大杉が懇願した事実は伏せ、自分の責任にして引退後もずっと黙っていた。
繊細さ、孤独…決定的な理由とは
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良い話である。しかし、監督が情にほだされては、結果を残せない。トレード話が消滅した翌年、大杉は打率.234、22本塁打と成績を落とした。チームを預かる責任者として、「トレード取消」という張本の判断が正しかったとは言えない。
このような経験を通して、非情な采配を振るえないと自ら判断したのではないか。
もう1つ、張本は「大スターゆえの孤独」を感じていたため、監督にならなかったとも思える。ロッテで共にプレーした愛甲猛はこう語る。
「張さんは監督には楯突きますけど、選手たちには優しかった。ただ、偉大過ぎるから、こちらから話し掛けにはいけない。張さんが呼んでくれたから、僕はブルペンでピッチングの相手を務められたし、素振りも見てもらえた。先輩には『お前いいな。ハリさんと仲良くて』と羨ましがられました。みんな尊敬しているし、本当は喋りたいけど、声をかけづらいんですよね」
張本はグリップエンドのわずか数ミリの違いを感じ取るほど、繊細である。そんな男が己の立場に気付かないはずがない。無礼講のはずのビールかけでも、張本のそばには誰も近付けなかった。
「金田(正一)さんは張さんと同じように偉大な記録を残していますけど、監督の時でも選手の輪の中に入ってきて、ワーッとしゃべれる人なんですよ。張さんはそういうタイプではないし、威厳があるじゃないですか」
幼い頃から差別されてきた張本は、肩で風を切らなければ生きていけなかった。周囲に威圧感を与え、近寄りがたい空気をまとわせた。
強気一辺倒の男が大選手になれば、周りは必要以上に気を遣う。しかし、本人にとって、居心地の良い環境かと言えば、また別の話である。だから、張本はあえて大選手の山内監督に「ここでエンドランはダメ!」と叱咤していた可能性もある。現役時代の成績で山内に肩を並べるコーチはおらず、張本しか直言できない状態を見越していたのかもしれない。

