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「おい、愛甲。張本さんにビールぶっかけてこい!」張本勲に愛された男が明かす衝撃「“あんた”って呼んでいた」ロッテ監督・山内一弘との関係性
posted2026/10/03 11:02
張本勲の現役時代を知る愛甲猛
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岡野誠Makoto Okano
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それでも、闘争心は失っていなかった。燃える魂は、味方の山内一弘監督にさえ向けられた。
監督を批判、18歳相手に笑顔
1981年5月24日、日本ハムとの首位攻防戦。後楽園球場は開始から小雨がパラつき、徐々に雨足は強くなった。試合成立寸前の5回裏、ロッテは逆転を許してしまう。
6回終了時、審判団が「これ以上続けてやる自信がない」と告げると、山内監督は「ゲームはお前たちの権限でやっているんだ。任せるよ」と言った。程なく、球審の牧野伸はコールドゲームを宣告した。すると、張本がベンチで怒声を発した。
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〈選手は一生懸命やっている。もっと主張(試合続行)をすべきだ〉(81年5月25日付/日刊スポーツ)
表立って言いづらい監督批判を、堂々と口にした。気持ちは萎えていないが、衰えは顕著だった。5月の月間打率は.122まで下がり、翌月になると出場機会が激減する。川崎球場での試合前、DHのためシートノックに参加しない張本は愛甲猛を呼び寄せた。ブルペンのマウンドに立ち、18歳を相手に投球練習を繰り返した。
「ピッチングが好きでしたね。カーブを捕り損なったら、すごく喜んで『そんな曲がったか!』とニコニコしていました。曲がってるのか、遅いから落ちてきたのかわからないですけど」
ルーキーとの戯れは一服の清涼剤になった。だが、いくらリフレッシュをしても、バッティングは元に戻らない。3000安打の大打者にはコーチも助言できない。
「おい、愛甲。張さんにぶっかけてこい!」
張本は孤独だった。
前期優勝が目前に迫る6月、仙台で日本ハムとの天王山を迎えたものの、代打ですら使われない。18日の南海戦(大阪)、約3週間ぶりの先発出場を果たすと、弱気の虫が心に生まれた。5回無死1、2塁のチャンスで回ってくると、「一瞬、バントしようか迷った」と躊躇した末、遊ゴロ併殺打に倒れた。
強気な男が、弱音を吐いた。引退会見での「4、5カ月前から決めていた」という言葉から推察すると、この頃に限界を悟ったのかもしれない。

