プロ野球PRESSBACK NUMBER
「お前ら野球できんようにさすぞ」乱闘で怒声、3000安打の天才…張本勲とは何者だったのか? 愛甲猛が目撃した“意外な素顔”「朝食後ホテルの部屋で…」
text by

岡野誠Makoto Okano
photograph byKYODO
posted2026/10/03 11:01
1981年に現役を引退した張本勲
「呼ばれた時、『ウワッ! テレビで見ていた田淵だ』って、ワクワクしながら駆け寄ったんですよ。そしたら、『有名なバカだ』って紹介されて。なんてリアクションすればいいのか、わからなかった」
監督に「あんた何が言いたいんだね?」
前年、張本は巨人からロッテに移籍し、前人未到の3000安打を達成。潮時を感じていたが、重光武雄オーナーの強い要請で、現役続行を決意。その年、愛甲は横浜高校のエースとして、夏の甲子園を制覇。11月のドラフト会議で、ロッテから1位指名を受けた。不惑の大ベテランは新シーズンに向け、こう意気込んでいた。
〈うちのホープ愛甲が、何とボクがプロ入り4年目に生まれたなどと聞くと、ワシもとしだと思ったりしてやるせないのは事実だけど、しかしあと3シーズン頑張り通すつもりですヨ〉(81年3月9日号/週刊ベースボール)
ADVERTISEMENT
前年、ロッテは前後期制のパ・リーグで、前期を制したものの、プレーオフで後期優勝の近鉄に敗れていた。81年は雪辱を誓う勝負の年だった。
キャンプ初日。練習に向かう前、山内一弘監督の訓示が始まった。首位打者1回、本塁打王2回、打点王4回という大打者の言葉を、新人の愛甲は一言一句聞き逃すまいと集中していた。だが、10分経っても、20分過ぎても、話の出口は見えてこない。張本は監督の真正面でバットに両手を乗せ、杖のように使いながら、不機嫌そうな表情を浮かべていた。
数十分に及ぶ訓示が終わると、山内監督は「みんな今日からケガなく、頑張っていこう!」と呼び掛け、ナインは「はい!」と呼応して立ち上がった。張本は座ったまま、呟いた。
「で、結局あんた何が言いたいんだね?」
高卒ルーキーは驚愕した。
「……え? プロ野球界って、監督のこと『あんた』って呼ぶんだとビックリしちゃって。実績が山内さんより上だから、偉いという感覚だったんですかね」
ホテルの一室で…「汗だくの張本勲」
衝撃は続いた。横浜高校で猛練習を積んできた愛甲にとって、キャンプ中の張本はダラけているように見えた。
「ウォーミングアップはジャンパーを着たまま、ゆっくり走っている。DHだから、守備練習はしない。打撃練習をした後、『あれ? いないぞ』と思ったら、もう帰ってる。まだ昼ぐらいですよ。練習よりマッサージの時間のほうが長いんじゃないかと思っていました」
愛甲は、同じ左腕でベテランの安木祥二と同部屋だった。ある日、「悪いけどよ、張本さんにサインもらってきてくれ」と頼まれた。朝食後、フロアの一番奥にある1人部屋をノックすると、汗だくの張本が出てきた。

