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「僕も“神った”んやで」現役引退のオリックス・平野佳寿が今も忘れられない鈴木誠也の一発「失敗しても一歩、前に踏み出せた」伝えた守護神の矜持
text by

米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byJIJI PRESS
posted2026/10/05 11:03
引退セレモニーでスピーチする平野。21年間の現役生活に別れを告げた
長年、平野とともにブルペンを支え、一昨年引退して現在は投手コーチを務める比嘉は、平野をこう評する。
「すごくいいピッチャーだし、後輩たちからしたらすごくいいモデルだったと思う。“心技体”全部が揃っている人間なんで。毎日投げる体力もあるし、アウトを取る技術もあるし、やられたあともちゃんと抑える心を持っている。そういう投手を間近で見られたというのは、すごくいいことですよね」
自分の体を知り、向き合った21年
平野の土台となったのは体の強さだ。プロ5年目の2010年に先発から中継ぎに転向して以降、連投を余儀なくされるクローザーやセットアッパーを長年務めながら、肩肘の大きな怪我はほとんどなかった。
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平野は、「丈夫な体があったからここまでやってこられた」と言って両親に感謝したが、生まれ持ったものだけで42歳までやってこられたわけではない。コンディショニングに細心の注意を払ってきたからこそ、心身ともに過酷なクローザーを何年も務めることができた。
以前、「一番大事なのは“自分の体を知る”ということ」と語っていた。そのベースは京都産業大学時代にあった。まずはその日の自分の体の状態を知り、それを踏まえて正しい方向に調整していく。そのために毎日、目をつぶって10メートルまっすぐ歩けるか、片足立ちで何秒間維持できるか、といった地道な作業をして、その日の体の状態を把握し、例えば体の軸がずれていたら調整する。そうしてバランスを整えてからピッチングをすることで、怪我を予防した。
「大学がそういうことに厳しかったおかげです。それが、怪我をしないコツになったというか。地味なことですけどね。ただガムシャラにやるだけでなく、自分の指標を持っている人が強くなると思うので」
大学時代にそうしたルーティンを繰り返したことで、自分の体に対する感覚が研ぎ澄まされた。そこに加えてプロ入り後、質の高いトレーニングを重ねたことで、より強い体ができあがっていった。
「今度は若い子達に自分が返す番」
今後については明言しなかったが、「今年1年コーチも(兼任で)やらせていただいて、選手1人のために、コーチの方々がこれだけ動いて、何人もの人が考えて、というのを見させてもらった。それがあったから僕は21年間やれたんだと思いましたし、逆に次はそういう立場になるなら、今度は若い子達に、自分が今までやってもらったことを返す番だと思う」と語った。
今シーズンのオリックスは、怪我人の異常な多さに泣かされた。平野が積み重ねてきたノウハウを伝えることで、少しでも状況が変わることを期待したい。


