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JリーグPRESSBACK NUMBER
小林悠39歳が10年前に断った“破格オファー”「最後はこのクラブで」なぜ引退まで川崎フロンターレだけに尽くしたのか? 福岡で記者が見た“初めての怒り”
text by

いしかわごうGo Ishikawa
photograph byShigeki Yamamoto
posted2026/09/26 11:46
9月23日に、今年いっぱいでの現役引退を明かした小林悠。写真は2023年のNumberWebインタビューで
前線には3年連続得点王の大久保嘉人が君臨している。それでも、他力本願ではなく「自分のゴールでチームを勝たせる」という強烈な自負を口にした。あれは、小林の中で勝敗の責任を泥臭く背負い込む自覚が芽生えた瞬間だったようにも思えた。続く2ndステージで小林は開幕から7試合連続ゴールという、Jリーグ史上6人目となる快挙を成し遂げている。
破格のオファーも…フロンターレ一筋を貫いた理由
だがチームを背負う者としての自覚が芽生えた同2016年の晩秋、キャリアにおける最大のターニングポイントが訪れる。リーグ屈指のFWに飛躍した小林のもとに、複数のJ1クラブから破格とも言える額のオファーが舞い込んだのだ。
数字で評価されるのはストライカーの宿命である。だからこそ、己の数字を最も高く評価してくれる場所に移籍し、自らをステップアップさせていくのが常だ。当時29歳。選手としてピークを迎えつつあった小林の元に届いたのは、一生に一度あるかないかの途方もない好条件だった。夜、床に就いても思考の堂々巡りは止まらず、眠れぬ夜が続いたという。
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「本当に毎日、決断が変わりました。これだけ自分を評価してくれる機会も今年しかない。家族のこと、将来のこと……。考えすぎて、もう考えるのをやめようかと思ったくらいです」
揺れる心を抱えたまま迎えた、11月23日。チャンピオンシップ準決勝の鹿島アントラーズ戦。左太もも裏の肉離れでピッチに立てなかった小林は、等々力のスタンドから試合を見つめていた。しかし、悲願の初タイトルを目指すチームは0-1で敗戦した。試合終了の笛が鳴った瞬間、スタンドにいた小林は机に突っ伏し、ひとりで長い時間、うずくまっている。
その悔しさから、痛切な感情が湧き上がっていたという。
「なんで自分がこのピッチにいられなかったのか。フロンターレというチームでタイトルを獲りたい。他のチームに行って獲っても意味がない」
この残留をめぐってはクラブ幹部からは「中村憲剛のように、ずっとここにいてほしい」と熱望され、中村本人からも「残ってほしい」と背中を押されていた。麻生グラウンドまで駆けつけ、SNSに溢れんばかりのメッセージを寄せたサポーターの熱情も胸を打った。そして何より夫の姿を見守っていた妻・直子さんの言葉が、最後の迷いを吹き飛ばした。
「どこへでもついていくよ。でも、お金もそうだけど、悠くんが毎日一番楽しくサッカーできる場所がいいんじゃない?」

