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「今でも(練習量は)驚かれます」十数年前…なぜ“東北の国立大学”が日本の女子スプリント界を席巻できた?「練習が次から次へと押し寄せてくる」 

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和田悟志

和田悟志Satoshi Wada

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photograph by(L)Satoshi Wada / (R)JIJI PRESS

posted2026/10/09 11:41

「今でも(練習量は)驚かれます」十数年前…なぜ“東北の国立大学”が日本の女子スプリント界を席巻できた?「練習が次から次へと押し寄せてくる」<Number Web> photograph by (L)Satoshi Wada / (R)JIJI PRESS

現在は実業団の東邦銀行の監督を務める吉田真希子。現役時代に所属していた福島大は「東北の国立大」ながら、女子スプリントで一時代を築いた

 とりわけスピードスケートに関する論文は多く、それらを読み漁って参照した。すると、「どうもベースの考え方が違っていた」という大きな発見があった。

「今では陸上でも当たり前の考えですが、約20年も前は“酸素負債”で無酸素運動を評価していました。つまりは、走り終わった後にハアハアゼーゼーしている量で運動強度を過剰に評価していたんです。でも、スピードスケートはそうではなかった。運動中にどのぐらいエネルギーを使ったかを評価軸にしていました」

 陸上競技の400m走は“究極の無酸素運動”などと言われることもあったが、まずはその認識を改めなければならなかった。

「東北の国立大」が躍進できた理由は…?

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 世界の陸上界でもまだ一般的な考えではなかったため、吉田が抱いていた疑問の回答を導き出せたわけではなかった。それでも、吉田が師事していた川本和久監督に研究報告をすると、恩師も興味を示し、それまでの福島大の練習内容がガラリと変わった。

「練習の内容もレースパターンも考え直さなければいけないんじゃないか……というところが始まりでした」

 このころから福島大のロングスプリントの快進撃が始まった。

 福島大およびOGの選手たちが活躍を見せたのは、吉田の知見に加えて、もちろん川本監督の手腕によるところも大きい。

“ポン・ピュン・ラン走法”という速く走るための理論を確立させて選手の指導に当たっただけでなく、「今でも驚かれます」と吉田が言うように、彼女たちに課す練習の量も相当なものだった。

「例えるなら、海で泳いでいて、やっとひと波を越えたのにまたすぐに次の波が来るみたいな感じで。練習が次から次へと押し寄せてくる感覚がありました」

 その豊富な練習量があって、彼女たちは高いレベルで安定したパフォーマンスを発揮し、2000年代の女子ロングスプリント界を牽引した。日本選手権の女子400mでは、福島大関係者が決勝進出者の半数以上を占め、表彰台を独占したことが幾度もあった。

【次ページ】 「全員が同じ水準で同じ方向を向けていた」

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