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小学校時代は「エースで主将」も…なぜ裏方を目指した? 仙台育英“史上初の女子部員”が明かした「納得のワケ」入部に必要だった“3つの条件”とは
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田口元義Genki Taguchi
photograph byShiro Miyake
posted2026/10/01 11:05
父は元プロ野球選手ということもあり、小学校時代は選手としても活躍した星よつはさん。なぜ高校では「名門校の裏方」を選んだのか?
だからといって、目標に向かってしゃにむに邁進できたかと言えばそうではなかった。
星が中学2年になった22年。全国大会優勝など実績ある軟式野球部が解散し、硬式チームの秀光ボーイズとして再出発することとなった。同じ学年の部員はわずか4人しかおらず、試合になれば勝てない日々。なおかつ秀光中は学業面でも考査が厳しく、勉強にも打ち込まなければならない。
本当にやりたいこと、これで合ってるのかな? ――目的意識を失いつつあった当時の自分を、星がすくい上げる。
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「勉強はもともと好きだったので『そっちの道に進んだほうがいいのかな?』って結構、悩んだというか、心が揺らぎましたね」
そんな、もやもやとした脳内の霧を振り払ってくれたのが、甲子園だった。
転機となった2022年の甲子園「全国制覇」
鳥取商との夏の初戦。系列の仙台育英と同じユニフォームを着た秀光中の部員たちが、高校の先輩たちとともにアルプススタンドで応援する機会を得た。
照りつける太陽のもとで躍動する選手。「140キロクインテット」と呼ばれた、5人の快速ピッチャーによる競演は鮮やかだった。
「行かなきゃ絶対に後悔する!」
脊髄反射のように星が決意を新たにする。
「やっぱり、高校野球の熱さを肌で感じ取れた貴重な経験が一番で。人生の分岐点というか、自問自答を断ち切ることができました」
この夏、仙台育英は東北勢として初の日本一となった。芯の通った者たちが、信念のもと地に足をつけて高みを目指せば、最高の景色を見ることができる――そのことを、仙台育英の選手たちが証明してくれたのだ。
再燃した熱量が星を突き動かすその裏で、須江は2か月ごとに中学の教員たちに彼女の動向を確認するなど気にかけていた。
「星さんはエネルギーに満ち溢れていますか? 目標に向かえていますか?」
彼らは「もちろんです」と言った。
3年生になった星が、進路相談で変わらぬ願望を監督にぶつけると、こう返ってきた。
「こちらこそ、よろしくね」
かくして「仙台育英初の女性部員」が、ここに誕生したのである。
<次回へつづく>

