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小学校時代は「エースで主将」も…なぜ裏方を目指した? 仙台育英“史上初の女子部員”が明かした「納得のワケ」入部に必要だった“3つの条件”とは
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byShiro Miyake
posted2026/10/01 11:05
父は元プロ野球選手ということもあり、小学校時代は選手としても活躍した星よつはさん。なぜ高校では「名門校の裏方」を選んだのか?
抱え込まないように。星にそんな自覚が芽生えると、自然と視野が広くなった。
チームを見渡すと、自分たちのために多くの人間が動いてくれている。試合中のスコアブックの記入に道具の整理、選手のケアや来客対応……。それらをチームスタッフや選手の家族が手分けして担ってくれている。
なにより星を高揚させたのが、選手の成長を実感できたことだった。
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スポ少を引退してから、入団したての1、2年生の指導を手伝うと、自分のアドバイスでめきめきと野球を吸収してくれる。幼いながらも協調性を体現しようとする懸命さに触れ、星の心は躍った。
「今度は自分が、人の成長をサポートする立場になりたいって思うようになりました」
選手への未練は…「あんまりなかった」
プレーヤーへの未練はなかったのか?
再び尋ねると、星は「あんまりなかったですね」と、自らの意志を再度、示した。
「小学校のときに女子選抜みたいなのに選んでいただいたりとかしたんですけど、選手より選手を支える立場のほうが、自分には性に合ってるなって感覚があったので」
そこから、星の野球に対する矢印は真っすぐだった。高校野球でマネージャーをするなら、父と同じユニフォームを着たい――と、仙台育英の中等部にあたる秀光中に進学するため、受験勉強に励んだ。
星のマネージャー道も同時にスタートする。
自身が通う小学校が自宅の目の前にあったことから、教頭の許可をもらい毎朝、登校時間まで校庭で父からノックを教わった。
動くボールを打つことに慣れてきた者にとって、自分で打つ場所を操る行為は簡単なようで実際は難しい。星も最初は空振りが多く、バットにボールが当たったとしても狙ったところへ飛ばせない。そうやって悪戦苦闘しながら、少しずつ技術を伸ばしていった。
星が初めて高校の監督である須江航に想いを打ち明けたのは、秀光中1年のときである。
すでに野球部でマネージャー業に励んでいた彼女が「高校でも野球部の入部を希望したいです」と須江に告げると、“3つの条件”を提示された。

