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「あの夏は…時間の流れが違っていた」なぜ慶応は甲子園で優勝できた? あの“旋風”から3年…ナインが振り返る107年ぶり「奇跡の日本一」の真実
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生島淳Jun Ikushima
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/08/22 11:01
2023年、甲子園に“旋風”を巻き起こした慶応高校。あの大躍進のウラには一体、何があったのだろうか?
「センバツが終わってから、春の神奈川大会、関東大会と打撃が本当にひどくて、打率も3割を切ってました。自分としては長打も打てて、相手に怖さを与える1番打者を目指してたんですが、それが上手くいきませんでした。そんな時に、森林(貴彦監督)さんから『明治大学の飯森(太慈・現東京ガス)君のような、率を残せて足も使えるトップバッターになって欲しい』と言われて、長打よりも出塁を意識するようになってから内容も数字も上がりました」
力まず、逆らわず。夏にかけて1番センター丸田は、慶應の顔となった。
元主将が振り返る甲子園「倍速で成長できた」
「丸田をはじめ、みんなが3倍、4倍速の成長を遂げていた気がします」と話すのは主将だった大村昊澄だ。
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「自分自身にとっても、甲子園は選手として、人として大きく成長できた舞台でした」
大村は、強豪校との対戦が慶應を逞しくしたと話す。センバツの仙台育英戦で自分たちの現在地を確認し、神奈川大会の決勝は、横浜相手に9回の逆転劇。甲子園の3回戦では優勝候補の一角、広陵をタイブレークで下したが、春と夏ではまったく別の感覚でグラウンドに立っていたという。
「春と夏の違いは、自信ですね。センバツの仙台育英戦でタイブレークになった時は、不安が先行していました。それが横浜に勝ち、広陵戦でタイブレークになった時には絶対に勝てるという自信がありました」
慶應は逞しくなっただけでなく、甲子園で「ノリノリ」だった。大村は2年前の試合を改めて映像で見て、仲間の表情が明るいことに気づいた。
「みんな、楽しそうなんですよ。特に丸田と渡辺憩が楽しそうにプレーしてまして」

