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審判たちの甲子園BACK NUMBER
PL学園・清原和博のスイングは「落合博満級」だった…では、桑田真澄は?「とぼけた顔をしてポーンと打つ」審判員が甲子園で見た“異様な打撃センス”
posted2026/08/22 06:02
PL学園2年時の桑田真澄(当時16歳)。投手として甲子園通算20勝の記録を残したが、打者としても類まれなセンスがあった
text by

安藤嘉浩Yoshihiro Ando
photograph by
Katsuro Okazawa/AFLO
◆◆◆
「KKコンビ」が甲子園を席巻した1983~1985年に、塁審として6試合を担当した清水幹裕は、一塁塁審として観た清原和博のバットスイングが忘れられないという。
「ぼくたち審判にとって、どういうバッターがすごいかというと、球を引きつけることができるバッターなんですよ」
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球審は捕手の後ろに立ち、投球を見極めてストライク、ボールを判定する。
「打者が打たないな。よし、ストライク、ボールの判定をしようと思った瞬間にバットが出てくる。そういうバッターが、まれにいるんです」
清原がそうだった。
「残念ながら、ぼくは彼の試合で球審をしていないけど、一塁塁審の位置からでも、それがわかるんです」
ほかの打者に比べ、バットの振り出しがかなり遅い。
「それでいて、パーンとバットが出てくる。その打球がライトでも、センターでもレフトでも、ホームランになってしまうんです」
清水が一塁塁審を務めた1984年春の選抜大会2回戦で、清原は左翼ポール際とセンターバックスクリーンに本塁打を打ち込んでいる。
高校生の時点でスイングは「落合博満級」
同じぐらい遅いタイミングでバットが出てくる打者を、ほかに1人だけ知っている。日本のプロ野球史上で唯一、3度の三冠王を獲得した落合博満だ。
社会人野球でも長く審判員を務めた清水は、東芝府中でプレーしていた当時の落合のバッティングに立ち会っている。こちらは球審もしたという。
「アウトコース低めのワンバウンドしそうなボールをホームランにするんです。ストライク、ボールの判定を、今まさにしようと思った瞬間にバットが出てくる。ここまでボールを引きつけられる打者がいるんだ。驚きましたね。けた外れでした」
まだ高校生の清原のバットスイングにも、同じような速さ、強さを感じた。

