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「あまりに問題が多すぎる」名将・蔦文也のブレーンが訴えていた“甲子園とカネ”の悩み「池田野球部はなぜ自転車操業に陥った?」蔦を熟知する池田OBの証言

posted2026/07/29 11:01

 
「あまりに問題が多すぎる」名将・蔦文也のブレーンが訴えていた“甲子園とカネ”の悩み「池田野球部はなぜ自転車操業に陥った?」蔦を熟知する池田OBの証言<Number Web> photograph by 日刊スポーツ/アフロ

池田高校の蔦文也監督と白川進部長

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近藤雅人

近藤雅人Masahito Kondo

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名門・池田高校はなぜ甲子園から“消えた”のか? 蔦文也は本当に名監督だったのか、それとも――? “高校野球界最大の謎”を追ったミステリーノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』(著:田中仰)が7月29日についに発売!

刊行に際し、生前の蔦監督と親交が深く、当時の著作の担当編集者でもあった近藤雅人氏が、本作への率直な思いを明かした。【全3回の2回目/第3回につづく

◆◆◆

 公立高校の野球部運営にまつわる資金繰りの大変さについては、池田高校全盛期に野球部部長として蔦氏を縁の下から強力に支えた白川進氏から、私はよく聞かされていた。白川氏は自らの著書『俺たちの蔦野球 子供たちはついてきた』(1983年刊)でも、高校野球で費やされる莫大な資金について警鐘を鳴らしている。蔦氏自身も、勝たねば資金が尽きるのだとよくこぼしていた。

 池田高校は、甲子園に初出場した1971年の夏、さわやかイレブンで全国的フィーバーを巻き起こした74年春、この二つの大会で、資金繰りの困難さに直面し、なんとか乗り切った。公立高校ではめずらしい経験だった。一つ勝つたびに資金が底をつくのではないかと、白川氏は夜も眠れなかったと語っていた。「お前、この問題をいつか絶対にやってくれ! あまりに問題が多すぎる」私が白川氏の訴えを聞いたのは、一度や二度ではない。

池田野球部はなぜ“自転車操業”に陥ったのか?

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 昨今、とある学校のクラブ活動の遠征でバス事故が発生し、経費を安くあげることが遠因となっていたのではないかとの指摘がなされ、社会問題化した。学校スポーツとカネの問題は、昨日や今日はじまった話ではない。ましてや巨額の経費がかかる高校野球では、古くて新しい大問題だが、抜本的なメスが入れられることはなかった。見て見ぬフリをしている社会の側に問題があることは自明の理だが、だからと言って有効な解決策は現状、見つかりそうにない。

 それはさておくとして、池田高校は公立高校である以上、資金面でいつも限界に直面していた。勝てば寄付が集まる。数年はもたせられる。が、勝たねば次第に資金が枯渇していく。部の運転資金を切らさないためには何年かおきには甲子園に出場せねばならない。池田高校野球部は、いつしか自転車操業化していった。

 海の世界では、マグロがもっとも高速で長距離を泳ぎ続ける能力を有するという。そのためにマグロの筋肉が費やすエネルギー消費量は膨大で、マグロは海の食物連鎖の頂点に立って莫大な量の捕食を行う。捕食を確実にするためにマグロは高速で泳ぎ続けねばならない、そして高速で泳ぎ続けるために休むことなく莫大な量の捕食を試みねばならない……。公立の池田高校が、甲子園名門校であり続けるためには、マグロに似た悲哀がつきまとった。

【次ページ】 学校スポーツへの「生々しい問題提起」

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