甲子園の風BACK NUMBER
甲子園優勝投手に社会人で“異変”「松井秀喜と自分を比べはしなかった」森尾和貴52歳は今…“消えた天才投手”の実像「消えてもないし、天才でもない」
posted2026/08/19 11:43
柔和な表情で取材に応じる森尾和貴(52歳)。新日本製鐵八幡野球部の廃部と同時に現役を引退し、長く社業を続けている
text by

松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph by
Number Web
◆◆◆
悩み抜いた末にプロ入りを断念した森尾和貴は、社会人・新日本製鐵八幡に進むことになった。
気乗りしなかった大学とは違い、高卒社会人であれば最速3年でプロに行ける。森尾は心機一転、「プロで継続して活躍する自信」をつけるために野球に励んだ。
ADVERTISEMENT
入社1年目から早速、登板機会が与えられた。投げれば完投、完封と結果を残す。都市対抗野球にも出場するなど、順調な滑り出しだった。そして2年目。さらなる飛躍を誓っていた矢先に、ブルペンで違和感を抱いた。
生命線のコントロールに生じた“異変”
野球を始めたときから、狙ったコースにボールを投げられなかったことはない――それが投手としての森尾が持つ天与の才だった。だが、自他ともに認める緻密なコントロールに、ごく小さなズレが生じていた。理由はわからない。それからだ。ピッチングに狂いが生じてきたのは。
社会人5年目の23歳のときに、森尾は初めて肘を痛めて手術をしている。
「肩は高校のときから毎年のように痛くなっていたんですが、大会前になると不思議と治っていたんです。でも肘を痛めたのは初めてでした。肘の骨が変形して尺骨神経を圧迫し、握力が弱くなって変化球が投げられない。箸で物が掴めないほど握力がなくなって、日常生活にも支障が出たんです。これはもうメスを入れるしかないってことで、変形した肘の骨を削る手術をやりました」
話をしながら、右肘の内側にある6センチほどの手術痕を見せてくれた。
「10カ月で投げられるようになりました。握力も戻って日常生活も普通にできましたし、投げる感覚は一緒でした。ただ、肩や肘を痛めたことで、投球全体のバランスが微妙に狂ってしまった。小中高と、ずっと自分の狙い通りに投げられたのに、社会人になって初めて自分の思ったところに投げられなくなりました。野球をやっていて、初めてでした」

