甲子園の風BACK NUMBER
「ダイエーが2位指名と報道も」甲子園優勝投手は社会人野球を選んだ…「本当にこれでいいのか」34年前の葛藤「プロに入ったら、どうだったんですかね」
posted2026/08/19 11:42
2024年6月21日、ソフトバンク対ロッテで始球式を務める森尾和貴。甲子園優勝後には地元のダイエーがドラフト指名するという報道もあった
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松永多佳倫Takarin Matsunaga
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JIJI PRESS
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驚異的な記録を打ち立てて甲子園優勝投手になった森尾和貴は、「日米韓三国親善高校野球」の日本代表に選ばれた。もちろん、星稜の松井秀喜や帝京の三澤興一も選出されている。
県大会から甲子園まで、森尾の感情が大きく揺さぶられることはなかった。しかし、日本代表合宿は18歳の少年の心を惑わせた。
森尾和貴が高校日本代表で見た松井秀喜
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「僕の基本的な考えとしては、甲子園という同じ場所で戦った仲間でもありライバルでもあって、プロで活躍したり、メジャーに行ったからどうというのは一切ないですね。すごいな、頑張ってるな、と応援する気持ちだけ。だからジェラシーとかはあんまりないんです」
でも、と森尾が言葉をつなぐ。
「一度だけあったかな。優勝後に代表に選ばれて合宿に参加するんですけど、優勝投手の僕より、やっぱり松井と三澤が別格扱いなんですよね。報道陣も彼らをずっと追いかけていました。監督はうちの浜崎(満重)さんで、僕とキャッチャーの西原(憲一)、セカンドの出川(正彦)の3人が選ばれてるのに、それでも松井や三澤。甲子園で1回戦、2回戦負けでも選ばれているので当然すごい選手だとはわかってますけど、報道陣や世間の注目では、やっぱり優勝しても彼らに勝てないのかな、って思ったことはありました」
社会的関心事となった5打席連続敬遠の当事者であり、のちに国民栄誉賞を受賞するほどの選手が代表にいたのは森尾にとって不運だったと言えるかもしれない。だが、これ以上ない成績で甲子園を制してなお、世間の扱いは「世代の二番手、三番手」だった。いまは笑って振り返ることができても、18歳の少年にとっては納得のいかないことだっただろう。
同時に、森尾は松井が話題先行の選手ではないことも十分に理解していた。バッティング練習を目の当たりにしたときのことだ。高校生離れしたスイングスピード。すさまじい飛距離の打球。森尾が苦笑いしながら振り返る。
「もうとんでもない。本物の怪物でした」

