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甲子園の風BACK NUMBER
「甲子園、めちゃくちゃ遠い」夏の甲子園から離れて34年…高校野球の名門・池田高校の現在は? 池田OBの現監督が痛感した“名将・蔦文也の不思議さ”
posted2026/08/17 17:29
池田高校を率いて甲子園3度優勝。高校野球界屈指の名将として知られる蔦文也
text by

田中仰Aogu Tanaka
photograph by
AFLO
◆◆◆
話を変えた。3日前に接戦を勝ち抜いた徳島科学技術との試合。終盤に部員たちに話しかけながら、余裕がありそうな笑みを顔に浮かべたわけを訊いた。すると和田哲幸は「意識したところはあったかもしれないですね」と言い、こう続けた。
「あのときは『自分たちのプラン通りにきている、大丈夫だ、絶対に勝てるよ』と伝えました。僕の高校時代を振り返ると、蔦さんがベンチにいるから甲子園に行けた、っていう感覚もどこかにありました。どかっと座る姿に“何か”があった。だから僕も、無意識に真似していたのかもしれません。試合中、終盤に苦しい顔をしている選手がいたので、彼に『俺がベンチにおるから大丈夫や』って声かけましたしね。蔦さんはそういうこと、口にはしなかったですけどね」
生徒に助言をしなかった蔦監督
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池田がピンチを迎えるたびに、わたしの脳裏にも何度か蔦の姿がよぎった。徳島大会を制し、果ては甲子園の頂点まで駆け抜けた奇跡的な田舎の公立校。そのベンチで蔦は足を組みながら、どかっと座っていた。相手の隙や試合展開の読みといった的確な助言を伝えるわけでもなく、ただそこに、蔦が座っていた。
和田がこの日の練習中にいくつかのフレーズをかけ続けたのはこういう理由からだった。
「夏の大会は最後なので、生徒たちが緊張して頭真っ白になるんです。打席に立ったとき、ピンチを迎えたとき、彼らが考えられることって一つだと思う。その一つが拠り所になるじゃないですか。彼らにとって支えになるようなシンプルな言葉を、と。それが打席なら『球の上3分の1を打つ』、守りなら『下半身を使って投げる』。当たり前の使い古されたフレーズですが、その言葉が試合中に彼らの頭に浮かべばいいなと思っているんです」
和田が話した「拠り所」の意味を考えた。和田と違い、蔦は部員に技術的な助言をすることはほとんどなかった。しかし、甲子園決勝当日の朝には、朝食を前に箸で食器を鳴らしながら、蔦は部員に向けてこう話した。「今日の決勝、頑張ってください皆さん。わしが茶碗を叩きながらこう言えば優勝するんじゃ」。そして、勝った。
7月23日、準々決勝。相手は徳島唯一の私立校、生光学園であった。

