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「さわやかイレブン」「やまびこ打線」甲子園から遠ざかる名門公立校に“ある異変”「たしかに苦しいですけど…」徳島現地で見た、池田高校の“知られざる今”

posted2026/08/17 17:28

 
「さわやかイレブン」「やまびこ打線」甲子園から遠ざかる名門公立校に“ある異変”「たしかに苦しいですけど…」徳島現地で見た、池田高校の“知られざる今”<Number Web> photograph by Aogu Tanaka

甲子園を3度制した名門・徳島県立池田高校の現在とは?【全2回の1回目】

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田中仰

田中仰Aogu Tanaka

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Aogu Tanaka

かつて高校野球界を席巻した名門・徳島県立池田高校。熱戦続く甲子園に、その姿はない。この夏、日本中で愛された蔦文也監督の人物像に迫った長編ノンフィクション『監督、神になる 池田高校 記憶の衝突』を上梓した筆者が見た、池田高校の知られざる今――。【NumberWebドキュメント全2回の前編/後編につづく

◆◆◆

 蔦文也が他界して25 年が過ぎた。

 1970年代から80年代にかけて、徳島県立池田高校野球部を率いて甲子園優勝3度、準優勝2度、ベスト4入り3度。「さわやかイレブン」「やまびこ打線」といった愛称や、蔦の飾らないキャラクターが盛んに報じられ、日本社会に一大フィーバーを巻き起こした。あの時代の高校野球は間違いなく池田を中心に回っていた。

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 時代は移る。

 優勝候補ではないが、ひょっとすれば甲子園出場を狙えるかもしれない。それが2026年夏の徳島大会における池田の評価だった。徳島の強豪といえば、鳴門、鳴門渦潮、徳島商業、あるいは今年で言えば、海部の名が挙がる。そこへゆくと池田は、あくまで挑む側に回っていた。

 背番号1をつけた大久保迅は野球部の評価を冷静に受け止めている。

「個人の能力的に力のあるチームじゃないんで、自分たちは。チーム全員でやらないと勝てません」

かつてとガラッと変わった“池田の野球”

 この夏の池田の部員数は選手52人、マネージャー3人の大所帯だ。その7割以上を県外出身の生徒が占める。徳島県内の中学3年の生徒数が80年代から半減する中、県外から生徒を募らないことには定員を割り込んでしまうのだ。

 池田は近年、スカウト活動を行っていない。それでもかつての池田と蔦を記憶する親が、子に池田への進学を勧めるケースは少なくないという。

【次ページ】 監督「打線がやまびこしないので」

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