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武豊57歳の偉業“5000勝のナゾ”「なぜ今もこんなに勝てるのか?」結果でかき消した引退説、今年もGIを2勝…天才騎手が“レジェンド”と呼ばれるまで
text by

島田明宏Akihiro Shimada
photograph byJIJI PRESS
posted2026/07/27 17:25
7月12日、函館競馬場で通算5000勝(海外、地方含む)を達成した武豊。57歳になった今もトップジョッキーとして活躍する
修行ではなく「ワクワクするため」に海を渡った
デビュー2年目の1988年、19歳で関西リーディングを獲得し、翌89年に20歳で全国リーディングジョッキーとなった。最年少、最速で100勝、200勝、300勝と記録を更新し、1995年には26歳でJRA通算1000勝を達成した。「小柄で職人気質」という既存の騎手のイメージを、身長170センチのやわらかな笑みを浮かべる若者が打ち壊した。なぜこれほど勝てるのか。理詰めで解明するのが難しく、謎めいていたので、「天才」という便利な言葉が使われた。
そうして国内で勝利を重ねていた時期に、武は自費で海外遠征に出ていた。国内で騎乗すれば多くの勝利と収入を得られる立場にいながら、である。
デビュー3年目、1989年の夏、アメリカのアーリントン国際競馬場(当時の名称)の一般競走で海外初勝利を挙げた。ゲートに入って右を見ればパット・デイ、左を見ればジョージ・ベラスケスといった、競馬学校時代から憧れていた名手がいる。それだけでワクワクしたという。彼は、ワクワクするために海を渡っていたのだ。そして、その遠征を「武者修行」と表現することを嫌った。「腕を競うための遠征だ」と、自身にも言い聞かせるかのように繰り返していた。
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1991年にはサラトガ競馬場のセネカハンデキャップで日本人騎手による海外重賞初勝利を挙げ、1994年にはスキーパラダイスでムーランドロンシャン賞を制し、日本人騎手初の海外G1制覇をなし遂げた。
その後も短期遠征を繰り返したのち、2000年はアメリカ西海岸、2001、02年はフランスを拠点に騎乗した。海外119勝のうち、フランスが77勝、アメリカが21勝と、2つの国だけで98勝を占めているのはそのためだ。
20代は自費での短期遠征を重ね、30代の初め、現地に騎乗ベースを移すスタイルに切り替えたのである。
「あの長期滞在が、その後の年間200勝につながったのだと思う。凱旋門賞を勝ちたいという思いが強くなったのも、あの時期があったからですね」
のちに武はそう振り返っている。
2003年、彼は史上初めて年間200勝を突破し、04、05年と自身が樹立した年間最多勝記録を更新した。その05年にはディープインパクトで無敗の三冠制覇を果たしている。

