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武豊57歳の偉業“5000勝のナゾ”「なぜ今もこんなに勝てるのか?」結果でかき消した引退説、今年もGIを2勝…天才騎手が“レジェンド”と呼ばれるまで

posted2026/07/27 17:25

 
武豊57歳の偉業“5000勝のナゾ”「なぜ今もこんなに勝てるのか?」結果でかき消した引退説、今年もGIを2勝…天才騎手が“レジェンド”と呼ばれるまで<Number Web> photograph by JIJI PRESS

7月12日、函館競馬場で通算5000勝(海外、地方含む)を達成した武豊。57歳になった今もトップジョッキーとして活躍する

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島田明宏

島田明宏Akihiro Shimada

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JRA生え抜きの騎手として、初めて通算5000勝を達成した武豊。50代後半を迎えてなお冴えわたる騎乗技術と、衰え知らずのモチベーションの源泉はどこにあるのか? 今年も安田記念と宝塚記念を制したレジェンドの原点を、「天才」と呼ばれた若手時代を知る筆者が掘り下げていく。(全2回の1回目/後編へ)

◆◆◆

 2026年7月12日、武豊は函館第7レースの1勝クラスをヒミノエトワールで勝ち、通算5000勝を達成した。

 57歳、デビュー40年目での到達だった。

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 この勝利はJRAでは4669勝目。地方競馬での212勝、海外での119勝を合わせて5000勝に到達した。うち、GI級競走は中央86勝、地方33勝、海外9勝の計128勝である。

 武自身も、少し前まで正確な合計を知らなかったという。6月になって、メディアの調査により、JRA、地方、海外での合計が明らかになり、そこから5000勝へのカウントダウンが始まった。

天才が「レジェンド」と呼ばれるまで

 平日でも開催のある地方競馬では、佐々木竹見が中央での2勝を含めて7153勝、的場文男が地方競馬だけで7424勝を挙げている。

 また、世界に目を向ければ、長らく世界最多勝記録を保持していたアメリカのビル・シューメーカーは8833勝、それを破ったラフィット・ピンカイ・ジュニアは9530勝。ラッセル・ベイズは1万2800勝以上を挙げ、ブラジル出身のホルヘ・リカルドは1万3000勝を超えている。ただし、こちらも連日開催されるなかでの数字である。

 それに対し、基本的に土日だけ開催されるJRA生え抜きの騎手による5000勝というのは、とてつもない到達点と言える。

 JRA生え抜きの騎手で、武につづくのは横山典弘だ。2026年3月、武に次ぐ史上2人目のJRA通算3000勝を達成した。以下、岡部幸雄2943勝、福永祐一2636勝、蛯名正義2541勝とつづく。

 武はJRAだけで、2位に1600勝以上の差をつけているのだ。

 日本にモンキー乗りをひろめた保田隆芳が1963年に史上初の通算1000勝を達成し、以後、「1000勝ジョッキー」が超一流の証となり、調教師試験の一次免除の要件にもなっていた。それを考えると、数え方が異なるとはいえ、5000勝という数字の凄まじさがよくわかる。

 1991年、増沢末夫がJRA史上初の2000勝を達成した。岡部が2943勝まで伸ばした最多勝記録を、武は2007年に更新した。

 そして武は「レジェンド」と呼ばれるようになった。

 ウマ娘などをきっかけに競馬を始めた若いファンの多くは、彼が「天才」と呼ばれていたことを知らないのかもしれない。

【次ページ】 修行ではなく「ワクワクするため」に海を渡った

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