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近鉄時代「鈴木啓示さんを嫌いとかではなかった」吉井理人はなぜ電撃トレードされたのか…監督との“秘話”と「ボール蹴飛ばし降板事件」の“激情” 

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喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

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photograph byTakahiro Kohara

posted2026/06/30 11:00

近鉄時代「鈴木啓示さんを嫌いとかではなかった」吉井理人はなぜ電撃トレードされたのか…監督との“秘話”と「ボール蹴飛ばし降板事件」の“激情”<Number Web> photograph by Takahiro Kohara

激情家だった、現役時代の吉井。鈴木啓示「先輩」との関係と、鈴木啓示「監督」との関係は何が違っていたのか

 ところが、監督の鈴木とプレーヤーの吉井は、何かとうまくかみ合わなかった。

吉井の「ボレーシュート事件」

 1994年9月25日、吉井は千葉マリンスタジアム(当時)でロッテ戦に先発した。

 初回、打線が5点の大量援護。吉井も3回までロッテ打線を1安打に封じ、序盤は絶好の試合運びを見せた。ところが4回、突如として吉井が乱れた。

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 先頭の樋口一紀に右前打を許すと、メル・ホールに2ラン、続くヘンスリー・ミューレンにもソロ本塁打を許して3失点。さらに平井光親が左翼線二塁打と突然の4連打を浴び、吉井はリードした展開でありながら、途中降板を命じられた。

 自分の不甲斐なさに、29歳の吉井は怒りの感情を抑えることができなかった。

 持っていたボールをコーチに手渡さず、突然の“ボレーシュート”。つまり、ボールを蹴飛ばした後、マウンドを降りていったのだ。

つづく

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#2に続く
“優勝胴上げを無視”“ボールをシュートして降板”吉井理人、近鉄時代の悪童伝説…「態度、悪いですよね」若かりし日の情熱と後悔とは

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