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近鉄時代「鈴木啓示さんを嫌いとかではなかった」吉井理人はなぜ電撃トレードされたのか…監督との“秘話”と「ボール蹴飛ばし降板事件」の“激情”
posted2026/06/30 11:00
激情家だった、現役時代の吉井。鈴木啓示「先輩」との関係と、鈴木啓示「監督」との関係は何が違っていたのか
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
Takahiro Kohara
1995年、野茂英雄は海を渡りドジャースに入団。彼が切り開いた道が、のちのイチロー、松井秀喜、松坂大輔、そして大谷翔平までつながった。しかしそれはなぜ可能になったのか? 野茂が“革命”を起こす前年に近鉄で起きていたことを当時の関係者の証言で丹念に解き明かしたノンフィクション書籍『革命前夜 追憶の近鉄バファローズ1994』が発売となった。当時の同僚、吉井理人は野茂と確執のあった鈴木啓示監督をどう見ていたのか? 意外な秘話と、吉井自身の「悪童伝説」を本書から紹介する。〈全2回の1回目/後編へ〉
吉井は、1983年の近鉄ドラフト2位指名を受け、和歌山の名門・箕島高からプロ入りした。だから、85年のシーズン途中に引退した鈴木の晩年と、ルーキー時代の吉井は現役時代がかぶっている。
「僕は、鈴木さんと現役で1年半、一緒にやっていることになるんです。鈴木さんはやっぱりハードワーカーで、すごく練習する人だったので、尊敬する先輩でした。なので、監督になられたときも、ボク的には嫌いとか苦手とかという感じではなかったんですよ」
そんな悪い人、ちゃうで
18歳年上の大ベテランが、ひたすら走り、とことん投げ込む姿を間近にして、プロのすさまじさを思い知らされた。その姿勢はまさしく絶好のお手本だった。
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ちなみに、吉井とドラフト同期、同じ1965年生まれの捕手・光山英和にも鈴木に対する思いを聞いてみたが、吉井と同様だった。
「僕は、どっちかと言ったら、いい人やなと思ってました。野茂なんて、よく僕に『あの人は……』という感じでいろいろと言ってはいましたけど『そんな悪い人、ちゃうで』って何回となく言いました。『えっ、そうなんですか?』という感じには、よく言われましたね」
その吉井には、鈴木にまつわる、ちょっとした“若き日の失敗”がある。

