博多の人・王貞治BACK NUMBER
「もう、ロッテは断れ」「神戸には、熱がない」ダイエーはなぜ南海を買収し、なぜ福岡を選んだのか…福岡ダイエーホークス誕生の“内幕”
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byToshihiko Iikubo
posted2026/06/25 11:02
なぜ、買収されたのはホークスだったのか。なぜ、移転先は福岡だったのか。王貞治の運命を動かす決断の内幕とは
2軍の施設、室内練習場、選手寮。チーム運営に不可欠ともいえる施設を整備、稼働させるメドを立てなければならなかった。本拠地は神戸なのか、それとも他の都市なのか。いずれにしても、球団買収後に備えた準備を、瀬戸山の立場としては抜かりなく、きっちりと進めておかなければならない。
1988年の4月末、ゴールデンウィーク突入前のことだったという。鈴木、鵜木に連れられて、瀬戸山が中内のもとへ中間報告に出向いた時だった。
なぜ、福岡だったのか
「福岡にしたら、ええやないか」
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2度目の“鶴の一声”で、本拠地候補は一転、神戸から福岡へと変わった。
なぜ、福岡だったのか? そのカギは、広大な「土地」にあった。
1986年9月、福岡市中央区地行浜と同早良区百道浜にまたがる138.3万平方メートル、甲子園球場に換算すれば36個分にあたる埋め立て地「シーサイドももち」が誕生した。売却予定地は95.3万平方メートル、うち44.1万平方メートルが住宅地で、残りの51.2万平方メートルの活用法に大きな注目が集まっていた。
この地で、平成の新時代に突入したばかりの1989年3月17日から9月3日までの171日間にわたり「アジア太平洋博覧会 福岡‘89」、通称「よかトピア」が開催された。福岡市制施行100周年のメモリアルイヤーに、国内から1056の企業・団体、国外からは37カ国・地域と2国際機関が出展参加、パビリオンは国内33館、国外からは10館。半年間でおよそ823万人が来場するという世界的イベントだった。
その『跡地』の活用を巡る動きが、福岡ダイエーホークスの誕生にも大きく関わってくることになる。ちなみにソフトバンクの本拠地・みずほPayPayドームが建っている場所は、同博覧会の駐車場跡地にあたる。

