炎の一筆入魂BACK NUMBER
骨が見えるほどの大ケガ後も「気合と根性」で迷わず盗塁…育成4年目で遂に支配下登録を掴んだカープの苦労人・名原典彦がチームに与える活力
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前原淳Jun Maehara
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2026/06/08 11:00
気合を前面に押し出してプレーする名原
復帰戦は6月15日、ウエスタン・リーグのくふうハヤテ(現ハヤテ)戦。8回から代走での出場だった。そして、名原は当然のようにスタートを切った。
体も脳もあの痛みを覚えている。反射的にスピードが緩んだり、スライディングに躊躇したりしても不思議ではない。だが、「気合と根性」の名原に迷いはない。
「先生がしっかり縫ってくれて綺麗にくっついたので、怖さは全然ありませんでした。逆足でもスライディングしますし。本能的に怖がってブレーキをかけるっていうことはない。何も気にせず、普通にやれました」
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それから1年が経ち、一軍の舞台に立っている。5月21日に支配下選手登録され、22日の中日戦でスタメン起用されると、デビュー戦から3試合連続マルチ安打をマーク。当初4試合は2桁の背番号のユニホームが届かず、121番のままプレーした。交流戦の打率はチームトップの数字を残している。二軍で課題とされていた打撃での望外の結果に、二軍首脳陣を含めた球団関係者はもちろん、抜てきした新井監督も驚きを隠せない。
ただ、経験は浅く、失敗もある。チームが逆転負けした26日のロッテ戦では、ワンプレーの怖さを思い知った。1点リードの8回。テイラー・ハーンが同点に追いつかれ、なおも2死二、三塁から代打ネフタリ・ソトの一塁後方に打ち上がった飛球が右翼線にポトリと落ちた。一塁手エレフリス・モンテロと二塁手菊池涼介の背走に、右翼から追うスピードを緩めた名原のミスだった。
マツダスタジアム上空の風は旗の動きだけでは判断できない。ナイター照明でのプレーも、選手同士の指示が聞き取れないほどの歓声も、一軍の舞台ならではだった。勝負の世界で、不慣れは言い訳にはならない。8回の打席で取り返すことができず交代を告げられると、ベンチで目を赤くしながら赤松真人外野守備走塁コーチの言葉に真っすぐに向き合った。
チームの活力となる名原の躍動
悔しさと同じように、喜びも隠そうとはしない。翌27日に再びチャンスが与えられると、必死に食らいついた。3回2死二塁から昨年のロッテのドラフト1位右腕、毛利海大に追い込まれながらも低めチェンジアップをセンターにはじき返した。一塁ベース上でこぶしを握り、一塁ベンチに向かって雄たけびを上げた。さらに2点を追う8回にはセットアッパー・鈴木昭汰の初球ツーシームを思い切り振り抜き、左翼席へアーチを描いた。二軍でも1本も記録したことのない、大学4年以来のプロ初本塁打だった。
「必死にやっていたので、あまり覚えていない。ただ、必死に。受け身にならないように」
そのがむしゃらさは、苦しむチームの中でより一層輝いて見える。這い上がろうとする者の姿は人を動かす。広島にはまだ、強いチームが持つ組織力も戦力も十分には備わっていない。ならば、失ってはいけないものがある。名原がその大切さをプレーと背中で示している。
