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「(復帰は)もう、無理だな」大和38歳が初めて明かす“生体腎移植の大手術”「驚いた。ガリガリでしたから…」プロ野球を離れるまでの“誰も知らない舞台裏”
text by

佐井陽介Yosuke Sai
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/06/01 11:03
DeNA退団後に大手術を経験し、現在は公立校のインストラクターとして野球界に携わる大和さん
大和を襲った、想定外の事態とは
1月の手術時、大和の尿管と腎臓には尿を出すための管が2つ通されていた。4月に行われた術後3カ月の検診ではこの2つの管を取り除く予定だった。だが、ここで想定外の事態が発生した。管の周りに石ができていて、なかなか管が抜けず、石を砕く再手術が必要となったのである。
約1週間後、再び管を抜こうとすると、今度は尿管に砂が詰まっていた。今まで感じたことがないレベルの激痛にのたうち回り、またも再手術を余儀なくされた。4カ月弱の間に3度の手術を経験。入退院を繰り返し、完全退院のタイミングは当初の計画よりも5週間ほど遅れて5月中旬までずれ込んだ。
「砂が詰まっていたときは本当に痛すぎて頭がおかしくなりそうで……。その頃にやっと『自分の体は野球どうこうと言っている場合ではないんだな』と気付かされました。自分の予定では4月上旬の3カ月後検診ですべてが終わって、1週間後には練習を再開して、4、5、6月の3カ月間で体を戻すつもりでした。それなのに退院が5月中旬まで遅れたことで、さすがに『これはもう無理だな』となりました」
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もともと極めて難しいチャレンジではあった。担当医は当初、手術後の1年間は慎重に経過を観察するプランをイメージしていた。手術時に入れた管を抜くタイミングにしても、大和の場合は数カ月前倒ししていた。やれることはやったと、観念せざるを得なかった。
現役時代から、体重は約17キロも落ちていた
現役最終年となった24年は公称177cm、77kg。25年1月の手術前も体重は72kgあったが、退院時は60kg程度にまで落ちていた。
「管が通っていたときは寝たきりの期間が長かったので、立って鏡を見る機会もなかった。管を抜いて自分の体を見たとき、あまりに細すぎて『なんじゃこりゃ』と驚きました。お尻の筋肉はなくなって、足は棒みたい。肩回りもガリガリでしたから」
鏡を見て、挑戦の終焉を悟った。後日、大和は獲得を検討してくれていたNPB球団に断りの連絡を入れた。
もう、何一つ悔いはなかった。
「おかんとの約束も守れましたからね」
大和は母が37歳のときに生まれた。20代のある日、母から「あんたを産んだ37歳までは野球を続けてね」とお願いされた。現役最終年となった24年の11月5日、男は37歳の誕生日を迎えていた。ここが潮時だと納得できた。

