ボクシングPRESSBACK NUMBER
「中谷潤人にはパンチ力がない」対戦者が抱いた“錯覚”「アッパーを300発もらいました」“大谷翔平をベンチで見つめた”元高校球児が中谷に負けた日
text by

森合正範Masanori Moriai
photograph byHiroaki Finito Yamaguchi
posted2026/05/01 11:06
2019年2月2日、後楽園ホールで行われた日本フライ級王座決定戦。望月直樹は奮闘及ばず、中谷潤人に9回TKOで敗れた
野球で痛感した限界「大谷の凄さがわからなかった」
アルプススタンドで観戦していた母は異様なまでの盛り上がりを鮮明に覚えている。
「なんかもうすごい雰囲気でした。花巻東にまさか勝つと思っていないから、経験したことないくらい盛り上がっていました。若い子たちの勢いって凄いですよね」
あれから15年が経った。ベンチにいた望月の目に大谷はどのように映ったのだろうか。
ADVERTISEMENT
「正直、わからなかったですね……」
望月はぽつりと言った。
大谷はしなやかな腕の振りから140km台後半の速球を連発し、打っても3安打。他県から観戦に来た選手たちもどよめいていた。
「当時、僕はそこまでの感覚がなかったんだと思います。ボクシングだったら、見て(超一流選手だと)わかったと思う。でも野球だとちょっとわからなかったな……」
あのとき、大谷の凄さがわからなかった。今考えると、野球の資質には限界があった。
「東北大会が終わって、野球雑誌を買ったんですよ。そうしたら、彼がMAX147km出たと載っていた。めちゃくちゃ速いです。でも、当たったじゃん。勝ったじゃん、と」
4イニングを投げた大谷に対して、チームは1安打5三振に抑えられた。だが、少なくともバットには当たった。失策絡みだが得点を奪うことにも成功した。
「チームはそういう雰囲気だったんですね?」と問うと、望月は苦笑いを浮かべた。
「という風景を、僕は見ていました。確かに学法福島としては過去最高の成績だった。でも、自分は何に貢献したんだ、と。ベンチの雰囲気づくりや連帯感も必要だけど『選手として何をしたの?』というのがあったんです」
3年の夏が終わると、野球を引退した。3年間、最後までレギュラーになれなかった。
小学2年から始めた野球は不完全燃焼に終わった。
高校卒業後、川崎で製造業の会社に就職し、横浜へ帰ってきた。働き先に元プロボクサーの社員がいた。望月は話を聞いているうち、ボクシングをやってみたいと思うようになってきた。野球では燃え尽きられず、心のどこかで燃焼することを求めていた。
<続く>

