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桑原将志〈西武の新リードオフマン〉「僕はもう、正解だと思っています」桑原将志が語った、あえて「険しい道」を選んだ理由
posted2026/04/21 06:00
14年間過ごしたベイスターズから新天地へ。ライオンズのリードオフマンとして活躍中の桑原
text by

NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
SANKEI SHIMBUN
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「ハマのガッツマン」として親しまれた桑原は、2024年の日本シリーズでシリーズ新記録となる5試合連続打点を挙げMVPを獲得。ベイスターズからも好条件で慰留されていたなか、それでも古巣を離れる決断をした。その背景には、桑原らしい人生哲学があった。
「あえて苦しい道を…」
このまま古巣で現役生活を全うすれば相応しい花道も、セカンドキャリアも約束されていただろう。盤石の「安定」を自ら捨て、低迷からの脱却を目指すライオンズでの「挑戦」を選んだのだ。
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「横浜は大好きなチームだし、のびのびと野球ができて居心地も良い。横浜で生涯一筋で野球をやることはすごくかっこいいし、そういう選手になりたいな、って考えていたこともあったんですけど……。でも、そこに甘んじるのではなく、違う環境に身を置くことで自分を変えられると思いました」
2012年にドラフト4位でベイスターズに入団後、人一倍の努力とド根性でチームの主力へと成長。もがき苦しみながらも自分と向き合ってきたからこそ身につけた基盤がある。
「30歳を超えても苦労できるって、貴重なことだと思う。やっぱり人って苦しい道とかしんどい道をあえて選ばないと思うんですけど……。でも自分が思い描いている現役が終わった後の夢というものを考えた時に、今いろいろな苦労をして、より多くの人と関わるという時間がないと、その後の夢も何か浅いものになってしまうんじゃないかと思ったんです」
筒香からかけられた言葉に涙…
FA権行使の表明から移籍決断まで2週間、桑原は気持ちが揺らぐのを避けるため、家族以外にはほぼ相談しなかった。唯一の例外が、2歳上の筒香嘉智内野手だった。筒香自身も一度ベイスターズを離れメジャーリーグに挑戦し、マイナーや独立リーグを経験しながらも夢を追い求め闘った経験があった。
「アメリカでは凄く苦労した時期もあって、その時の経験についても色々と話してくれました。そういう話を聞いていると、やっぱり僕も自分のために多くの経験をした方がいいな、という思いが深まりました」
愛するベイスターズから離れることに悩む思いを打ち明け、相談するなかで、筒香からは生涯忘れられない言葉をかけられた。その言葉とはどのようなものだったのか。
その詳細は本編で詳しく描かれている。
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