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中日コーチが激怒「星野、監督に謝れ!」“巨人軍に裏切られた男”星野仙一、生意気なルーキー伝説「巨人のベテラン捕手に死球をぶつけた日」
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中溝康隆Yasutaka Nakamizo
photograph byKYODO
posted2026/04/20 11:04
1969年に明治大から中日に入団した星野仙一(写真は1971年キャンプで)
8月30日の巨人戦では、プロ初完投勝利目前の9回に「さあ、センちゃん、いらっしゃい!」と打席に立つ長嶋茂雄に同点2ランを浴びたが、この直前、1点取られて2点差となった際に中日首脳陣が投手交代の動きを見せたため、マウンド上の星野はベンチに帰り、水原監督を睨みつけ、「投げさすか、投げささんか、はっきりせいっ」と怒鳴った。「誰もお前を代えるとは言っとらんだろう」と冷静に対応する大監督に向かって、プロ1年生は「代えないのなら、さっさと試合やれいっ!」と吼えて再びグラウンドに戻ると、長嶋に同点2ランを運ばれノックアウトを食らうのだ。
試合後、大島投手コーチから「新人のくせに、この野郎! 監督に謝れ!」と激怒されるも、「グラウンドに出ればベテランも新人も関係ないじゃないですか」と謝罪を断固拒否する星野。水原は「よし、わかった」とその後も怖いもの知らずのルーキーを使い続けるのだ。バッテリーを組んだ先輩捕手の木俣達彦は、グラウンドで感情をむき出しにする星野のプレースタイルに「ウソと言ったら語弊があるけど、それだけの演技力があった」と証言している。
「70%は演技です(笑)。もちろん、その瞬間はカッと頭に血が昇るんですよ。その感情にウソはない。でも、すぐに冷静になれる。センちゃんの中には、もう一人の自分がいるんです」(『ベースボールマガジン』2024年7月号/1969─1982「星野仙一と中日ドラゴンズ」)
「ほんとうの自分は気は強くないんだ…」
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星野仙一は、プロでのし上がるために覚悟を決めて、真面目な顔で“燃える男”を演じ続けたのだ。本人もオールスター戦前、同じく新人で選ばれた金田留広(東映)との対談で、珍しくこんな本音を口にしている。

