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「共学なのに9割以上が女子生徒」茨城の公立校で異変…男子生徒数が急増、人気校に「先生、野球部つくっちゃおうよ!」創部3年で“部員0→21人”のウラ側
posted2026/04/17 11:02
昨夏の茨城大会、単独チームとして初めて出場。入場行進する水戸三の選手たち
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樫本ゆきYuki Kashimoto
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Yuki Kashimoto
今年の春、茨城県立高校入試の入学志願者数にある異変が起こった。全日制の県全体の倍率が0.92倍と7年連続で1倍を下回るなか、際立った活気を見せる学校があった。創立100周年を迎える、水戸第三高校である。
9割以上が女子だった…公立校に異変
1926年(大正15)に水戸市立高等女学校として開校し、戦後に県立化。2007年に本格的に男子生徒を受け入れるも、9割以上を女子が占める状態が続いていた。いわば「男子希少校」である。
3年前に1学年6人だった男子生徒は、16人、35人、50人と増えていき、この春の入学者はついに60人に到達。同時に志願倍率は1.38倍まで上昇し、公立校普通科では県内3位の高さになった。
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注目すべきはそのタイミングだ。男子生徒の増加と、倍率の上昇が2024年に硬式野球部が誕生した時期とほぼ重なっているのである。もちろん、これだけで因果関係を断定することはできない。だが茨城の野球関係者の間では「野球部の存在が学校のイメージを変えたのではないか」と言う声が広がっている。
水戸三。県内では女子校のイメージが色濃く残る。水戸駅から徒歩10分。徳川御三家・水戸城の敷地内に建つ校舎は、江戸情緒が漂う歴史的な場所にある。この一角にある、決して広いとは言えない校庭に、野球部が誕生した。
「甲子園出場」「駒大卒業」監督は野球エリート
監督の柴田優太(41歳)は2002年春に水戸短大付属(現・水戸啓明)の主将としてセンバツ出場し、東都大学1部リーグの名門・駒澤大学でプレーした「エリート野球人」だ。社会科教諭として波崎で5年、下妻二で7年、部長と監督を経験。2016、17年は鶴見和輝監督(現・下妻一)とのコンビで夏に県4強まで勝ち上がった。当時、柴田が背中を追いかけた「カリスマ」は茨城の2大名将、常総学院・木内幸男監督と水戸商・橋本実監督。加えて「神様のような存在」と仰いだ駒澤大・太田誠監督だった。彼らの指導を実践すべく、がむしゃらに情熱を注いだ。


