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「共学なのに9割以上が女子生徒」茨城の公立校で異変…男子生徒数が急増、人気校に「先生、野球部つくっちゃおうよ!」創部3年で“部員0→21人”のウラ側 

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樫本ゆき

樫本ゆきYuki Kashimoto

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posted2026/04/17 11:02

「共学なのに9割以上が女子生徒」茨城の公立校で異変…男子生徒数が急増、人気校に「先生、野球部つくっちゃおうよ!」創部3年で“部員0→21人”のウラ側<Number Web> photograph by Yuki Kashimoto

昨夏の茨城大会、単独チームとして初めて出場。入場行進する水戸三の選手たち

「水短の恩師・齊藤博久監督(現・桐蔭横浜大監督)もそうでしたが、名将たちの共通点は徹底力でした。その徹底力のために、僕らは監督に言われたことをやってきた。そして勝っちゃった。高校も大学も監督に言われたとおりにやったら勝てたので、それが正解だと思っていたんです。でもそれが浅はかだった。『勝たせてもらっていた』だけだったんです」

 指導者として現場に立ったとき、野球エリートの看板は重責へと変わった。前任校で挫折を味わったのだ。

「あれ、なんか違うなと思ったのが下妻二の監督時代ですね。試合をやるたびにあれ?あれ?こんなはずじゃない、と思い知った。自分の決断力のなさとか、人を動かせないもどかしさ、人の目ばかりを気にしていました。『甲子園に出た男がこの程度か』という他人の目も怖かったんだと思います。勝ちたいというエゴだけで、空回りしていました」

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 カリスマ監督に従うことは得意でも、自分自身が意志をもって組織を導く術を知らなかった。思うように勝てない日々は自己否定の連続だったと言う。

「先生、野球部つくっちゃおうよ」

 そんな時、巡ってきたのが水戸三への赴任だった。2023年、野球部のない「ほぼ女子校」でテニス部顧問を任される。この時「自分の自己表現(野球)が奪われた。もう二度と、野球部の指揮を執ることはないだろう」と覚悟したという。半ばあきらめていた柴田の心を動かす出来事があった。3人の女子生徒による、マンガのワンシーンのような行動だった。

 赴任1年目の春、新任の柴田を職員室の前で待ち伏せしていたのが当時高2の笹嶋ほのかさん、大越夢叶さん、延島心美さんだった。彼女たちは衝撃的な一言を口にする。

「先生、甲子園出たんでしょ? 野球部つくっちゃおうよ!ウチらマネやるからさ!」

 冗談のような一言。しかし彼女たちは本気だった。

【次ページ】 マネ3人、選手0人でスタート

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