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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
箱根駅伝「伝説の17人抜き」から15年…シューズを脱いだ村澤明伸(35歳)が語る波瀾万丈の競技人生「ベストレースはこれといってない」のはなぜ?
posted2026/04/14 11:00
箱根駅伝2区での17人抜きや、実業団時代にもマラソンで印象的な走りを見せてきた村澤明伸。現役引退した今の思いを聞いた
text by

加藤康博Yasuhiro Kato
photograph by
Sankei Shimbun
引退レースを終えて
最後は少し照れながらも、関係者に囲まれ満面の笑みでシューズを脱いだ。
村澤明伸が現役最後のレースに挑んだのは1月25日の大阪ハーフマラソン。スタート前は「完走できるか不安です」と冗談交じりに語っていたが、「最後に周りへの感謝を伝えたい」という目的を果たすかのように、沿道からの声援に目線を送りながら走り、フィニッシュまでたどり着いた。
「キツかったですね。このキツさを味わえるのはこれが最後と考えると感慨深いものがあります」
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高校時代から世代を牽引してきたスター選手の最後の瞬間。競技にも周囲にも常に実直で誠実だった好漢の目は潤んではいたが、その表情には大きな荷を下ろしたかのような安堵感も漂っていた。
あれから約1カ月半。現役生活に幕を下ろし、所属するSGホールディングスで4月からコーチとなるべく準備を進めている村澤を訪ねた。
「実はまだ競技をやめた実感はないんです。走らない生活になりましたが、そのことにストレスは感じませんし、逆に解き放たれた感覚もあまりありません。ですので、大きな感情的な変化はなにもないんです。汗をかかなくなったので体の中が滞っている感じはありますが、まだ走ろうという気持ちにはなっていないですね」
スーツに身を包み、少しだけふっくらとした顔になった村澤は、穏やかな表情で静かに話し出した。
壮絶な競技人生
壮絶な競技人生だったといっていいだろう。中学2年で陸上を始めた村澤は名門、佐久長聖高校へと進学すると、1年生の秋から頭角を現した。そして2年生のインターハイ5000mで入賞し、一気に高校長距離界のトップ戦線へと躍り出る。3年時にはエースとして出場した全国高校駅伝で優勝し、高校記録(当時)も打ち立てた。


