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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
箱根駅伝「伝説の17人抜き」から15年…シューズを脱いだ村澤明伸(35歳)が語る波瀾万丈の競技人生「ベストレースはこれといってない」のはなぜ?
text by

加藤康博Yasuhiro Kato
photograph bySankei Shimbun
posted2026/04/14 11:00
箱根駅伝2区での17人抜きや、実業団時代にもマラソンで印象的な走りを見せてきた村澤明伸。現役引退した今の思いを聞いた
東海大に進むと1年生から箱根駅伝で活躍し、2年では各大学のエースが集う2区で20位から17人抜きの区間賞の走りでチームの総合4位に貢献。MVPとして金栗四三杯を受賞した。個人種目に目を移せば、大学3年時に日本選手権10000mで2位に入り、同年のアジア選手権で銅メダルを獲得するなど、順風満帆に競技結果を残した。
ベストレースはこれといってない
実業団に進んでからは駅伝、トラックで活躍を続けた。オリンピック、世界選手権の出場はならなかったが、2017年からマラソンへと主戦場を移し、同年の北海道マラソンで優勝。東京五輪マラソン代表選考レース、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)の出場権獲得第1号として注目を浴びた。
「現役時代を振り返ってのベストレースをよく聞かれますが、これといってないというのが正直なところです。それは現役時代のレースはすべてつながっていると考えているから。たしかに北海道マラソンを勝った瞬間は嬉しかったのですが、その前後のトレーニングのつなげ方、マラソンへの向かい方を考えると、ベストとは判断できないですね」
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それは北海道マラソンの前後から村澤の走りが狂い出したことが関係している。村澤は大学2年時の日本インカレ10000mのレース中に右足を捻挫してから走りのバランスを崩すことが増え、故障をいかに回避するかに神経を費やし続けてきたが、この北海道マラソン前後から自分本来の走りを見失ってしまった。そして結果として引退までそれを取り戻すことはできなかった。「北海道がベストレースと判断できない」という村澤の言葉の理由はここにある。
栄光に彩られた現役生活前半から一転し、その後半は苦難の連続だった。

