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箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
箱根駅伝「伝説の17人抜き」から15年…シューズを脱いだ村澤明伸(35歳)が語る波瀾万丈の競技人生「ベストレースはこれといってない」のはなぜ?
text by

加藤康博Yasuhiro Kato
photograph bySankei Shimbun
posted2026/04/14 11:00
箱根駅伝2区での17人抜きや、実業団時代にもマラソンで印象的な走りを見せてきた村澤明伸。現役引退した今の思いを聞いた
村澤を襲ったのはどのような症状だったのか。彼の言葉によると、2017年春からペースを上げようとすると意識と体の反応に少しずつギャップが生じだし、2018年の夏には「完全に走りを崩した」と自覚するまでになった。走り出すと右脚に力が入らず、ときに両脚にその症状が起きた。はっきりとした原因は特定できず、細かい故障を繰り返す中、痛んだ場所をかばっているうちに次第にフォームが崩れたのではないかということしか思い当たらない。ペースに関係なく、常に全力を使わなければ走れなくなり、ジョグですら疲れるようになった。そこからは慢性疲労にさいなまれ続けた。
東京五輪をかけたMGCはそのような状態で結果を残せるはずもなく21位。それが終わってすぐ、股関節周辺の損傷と診断され19年10月にその縫合手術に踏み切った。しかしそれは走りを崩した原因ではなく、結果だと後になって分かった。
新たな自分探しに苦しむ
痛みはまったくなく、ただ自然な走りができない状態を村澤はこの時期、「機能不全」と語っていた。そして21年の夏から走ることを完全にやめ、本来の動きを取り戻すためのリハビリテーションに取り組み始める。そのリハビリに1年以上を費やし、レースに復帰したのは22年10月になってからだった。
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「ここからは新しい自分になります。どの種目においても次に走るレースの結果が自己ベスト、そして新しい村澤明伸の姿です」
当時、村澤はこんな言葉で自分の未来を語っている。そこからは過去の実績も走りのイメージも払拭することに努め、新たな自分を求めてハーフマラソンなどのロード中心に試合を組んだ。しかし完走できないレースも多く、駅伝でメンバーに名を連ねることもなかった。復調への道のりで苦しんでいる様子は明らかだった。
引退を決断した瞬間とは?
当時の苦闘を村澤は振り返る。

