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「『ダメなものはダメ』と言ってあげる人がいないと」甲子園で17年ぶり1勝…ある名門校監督が“自由→規律”を選んだワケは?「厳しくなっても…」
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田口元義Genki Taguchi
photograph bySankei Shimbun
posted2026/03/25 06:18
甲子園で17年ぶりとなる勝利を果たした東北高校の我妻敏監督
率直に尋ねると、我妻は回答を思案するまでもなくすぐに反応する。
「学校に残っていた時は、与えられた場所でベストを尽くすだけでした。離れていた期間も苦しかったわけではないし、どちらかというと楽しかったので。まあ、母校に対する想いというだけですかね」
結びに使った想い。これこそが、我妻の東北高の血をたぎらせた。
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今でも覚えている。高校を離れる際に告げられた、五十嵐からのひと言だ。
「先生しか監督を考えてないから」
校長となっていた五十嵐から、明確な約束手形を渡されての退職だったわけではない。しかし、7年の時を経て監督としてオファーしてくれたことに、我妻は純粋に「恩返しをしたい」と思えたのだと頷いた。
「自由」と「規律」…そのバランスの難しさ
我妻が3度目の監督となった25年の東北高は、“自由”だった。
この3年前に監督となった佐藤洋は、「高校野球を変えたい」との想いから、選手に「自主・自立」を求めた。
旧態依然とした高校野球の慣例を取っ払う。頭髪は自由。夏場の練習はTシャツに短パンの着用も認める。そして、グラウンドでは選手が選んだ曲をBGMに流すなど、およそ高校野球の練習風景ではなかった。
我妻にしても選手の自主性は重視している。だが、監督となってからは「規律」を求めた。グラウンドでの練習はユニフォームを着用させ、挨拶などの礼儀はわかりやすくするようチームに徹底させる。
「『目標は何か?』ということですよね。甲子園でプレーしたい。『甲子園はユニフォームを着て野球をする。じゃあ、練習から着ないといけないよね』。甲子園に出場したらスケジュールが分刻みになる。試合中はスタンドの大歓声で声が通りづらくなる。『だったら普段からきびきび行動して、遠くからでも声が通るように挨拶をしたほうがいいよね』と。目標に向かって必要なことをちゃんとやる。できないなら、厳しくなっても指導することが大事じゃないかな、と」

