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「日本最速の40歳」はなぜ“神ペーサー”と呼ばれる? 上野裕一郎のマラソンペースメーカー術「緻密・丁寧・安定感」の職人技を語る
posted2026/03/30 06:00
40歳にしてマラソンの「神ペーサー」と言われるようになった上野裕一郎。その経緯を聞いた
text by

佐藤俊Shun Sato
photograph by
JIJI PRESS
“神ペーサー”
蛍光レッドのウエアで、マラソンのペースメーカー(通称:ペーサー)としてペースを完璧に刻む上野裕一郎。出走したランナーたちからは感謝と尊敬の念を込めて、そう呼ばれている。
「そう言ってもらえるのは、嬉しいです。少しでもみんなの走りに貢献できているのかなと思えるので」
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40歳の上野は、照れた表情でそう語る。
ペースメーカーを初めて務めたのは昨年
上野が初めてペーサーを務めたのは、2025年2月の別府大分毎日マラソンだった。上野と言えば、スピードランナーであり、トラックのイメージが強い。駅伝を走っているとはいえ、ロードでトップランナーが集うマラソンで、ハーフ以上の距離を走ることに抵抗や不安はなかったのだろうか。
「ニューイヤー駅伝の後、別大でひとりペーサーが欠けたので急遽、25kmまで3分ペースでお願いできませんか、という依頼をいただきました。ペーサーはトラックではやっていましたし、距離も駅伝の練習で25kmから30kmを走っていたので問題はなかったんですけど、マラソンのペーサーはとにかく初めてなので、多少不安がありました。
でも、ペーサーをすることで選手の自己ベストやMGC出場につながれば彼らは喜んでくれるでしょうし、そうして日本の陸上界に貢献したいという気持ちが強かった。それに、これは自分の新たなチャレンジになるとも思ったんです。調整期間はニューイヤー駅伝から1カ月しかなかったんですが、これをやり切れば陸上界で自分が果たせる役割を一つ増やすことができると思って、引き受けました」
その別大では、1km2分59秒から3分ペースでスタートし、5kmを14分56秒、15kmを44分58秒、最終的に25kmを1時間14分57秒と設定通りのペースで走り終え、離脱の際は選手に右手を突き上げてエールを送った。この安定した走りが高く評価され、2025‐2026シーズンは、神戸マラソン、福岡国際マラソン、別府大分マラソン、東京マラソンの4大会でペーサーの役割を担った。
