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「30分で助走のレールもきれいにできたのに」五輪スキージャンプ“異例の打ち切り”はなぜ起きた? 代表コーチに聞いた本音と「五輪の特殊事情」とは 

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雨宮圭吾

雨宮圭吾Keigo Amemiya

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photograph byTsutomu Kishimoto/JMPA

posted2026/03/04 11:25

「30分で助走のレールもきれいにできたのに」五輪スキージャンプ“異例の打ち切り”はなぜ起きた? 代表コーチに聞いた本音と「五輪の特殊事情」とは<Number Web> photograph by Tsutomu Kishimoto/JMPA

競技中に降り出した雪の影響で最後は途中打ち切りとなったスキージャンプのスーパーチーム種目。その決断はなぜ行われたのだろうか

「2人で3本飛んで勝負を決める新種目なのに、なんで粘らずに3本飛ばずに終わってしまったんだろう。30分あれば助走のレールもきれいにできたと思うんですよね」

 ヘッドコーチの立場であれば、恨み言を言いたくなるのもわかる。

 メダルを獲るか否かは今大会の成否だけでなく、今後の代表の強化にも関わってくる話。作山が目指す代表の形を叶えるためには、メダルは一つでも多い方がよかったに違いないからだ。

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「これまでは強化の基盤が企業ごとに分かれていて、日本チームとしての共通認識が足りませんでした。各チームでの取り組みは尊重しつつも、日本チームとしての核となる部分があれば好不調の波も抑えられるはず。お金の関係もあってすぐには難しいので、今はできる限りのことをやって、オリンピックが終わったらしっかり改革していきたいんです」

今後の強化にも影響が…ヘッドコーチの胸中

 3年前にヘッドコーチについて以来、35歳の作山はそうした思いを抱き、代表をチームとして機能させることを意識してきた。

 作山が指導者に転身したのは2019年春。北野建設に入社して10年が経った頃、唐突に現役生活を終えるように言い渡された。W杯での最高位は18位止まりで、五輪出場も叶わなかった。その状況で引退をすぐに受け入れられたわけではない。大いに未練があった。

 だが、指導者への転身希望が受け入れられ、幸いにもすぐに代表チームに関わることもできるようになった。当時の宮平秀治ヘッドコーチに「ジャンプテクニックのノウハウ」を叩き込まれながら、世界のトップ選手を間近でつぶさに観察し、自分の中での理論を作り上げていく。

 選手としての実績で劣る引け目を感じながらも、「馬鹿にされないように、しっかり話を聞いてもらうにはどうしたらいいか」と考え、信頼を勝ち取る努力を続けてきた。

 技術やマテリアルの確認に際しては、今でも自分自身で実際に飛んでみることがある。昨夏も白馬のラージヒルでは128mを飛んだという。そんな時に感じるのは、現役の時以上の競技の楽しさだ。

「今の方がジャンプのことをよく知っているから楽しいんだと思います。教えたいことを自分で試したり、道具をテストしてみたり。頭の中がクリアなんですよね。一体、現役時代は何をやっていたんだろうと。選手としてこんなふうに飛びたかったなと思いますよ」

 コーチとして教えた選手が成績を残す面白さにも目覚めていく。特に二階堂蓮や丸山希は、作山の助言が直接的なきっかけとなって覚醒した選手でもある。

 二階堂は作山のことを「ビッグボス」と呼び、「僕は本当に憲斗さんの教えがあって、ここまで成長できたと思っています」というほど信頼を寄せている。作山はそんな二階堂を自分の成功体験以上に、失敗した経験を基に支えてきた。

【次ページ】 打ち切りは残念だったが…「代表改革」はつづく!

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