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「体重マイナス30キロ」最高90キロだった元・大人気女子レスラーが“激ヤセ”した理由…豊田真奈美55歳が語る引退後の今「糖質制限ダイエットにハマって…」
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伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph byHideki Sugiyama/AFLO
posted2026/03/13 11:02
現役時代は「飛翔天女」のキャッチフレーズで人気を博した元女子レスラー・豊田真奈美さんインタビュー【第3回】
「このままじゃ、いつか人を殺しちゃう…」
――GAEA時代を振り返ると、いかがですか。
豊田 どうだったんだろうね。んー……。なんか……(長い沈黙)。なんて言えばいいのかな。なんかね……。全女を抜けてからの私のレスラー人生の後半、GAEAに行ったり、OZ(アカデミー)に上がったりしたけど、自分自身がプロレスを楽しめなくなってた。正直に言っちゃうと。
――GAEAでもOZでもシングル王者としてトップに上りつめましたが、勲章を手に入れても払しょくできない虚無感があったと?
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豊田 昔、「25歳定年制」ってあったでしょ?
――25歳までに引退しろという全女の“勧告”ですね。
豊田 あれって、理にかなっているなぁと思った。私はもともと、飛んだり跳ねたりが得意だったでしょ。これは自分が悪いんだけど、自分で体調を管理できずにすごい太ってしまって、“飛べない豚”になっちゃって、そんな状態ではやりたいプロレスができない。そんななか続けてたから、ずっと自分のプロレスに疑問を感じてた、「これでいいのか?」って。OZの新人の小松(奈央)さん、全女のころの後輩だった(西尾)美香さんが、私の技を受けてケガしちゃったときに、私、このままじゃいつか人を殺しちゃうって思って。自分のファイトスタイルができないようだったら、潔く辞めたほうがいいと思ったから、30周年で引退した(17年11月3日、神奈川・横浜大さん橋ホール)。それでも長かった。長すぎた。辞める時期をほんと逃したなと思ってる。
現在も続くリハビリ…ケガの原因はTV出演だった
――負傷個所も多かったですが。
豊田 引退発表のちょい前に、首にめちゃめちゃ痛みが出てて、(手の)痺れもきてたんだけど、引退発表したらさらに試合が増えるでしょ。だから、2日に1回ブロック注射を打って、試合してた。ペインクリニックに通ってね。いまもすごく痛いのは、右の肩関節。腕がここ(肩の位置)までしか上がらなくて、髪の毛は辛うじて洗えるけど、ドライヤーができないとか、洗濯物を干すのが大変とか、困ることは多いね。
――どういう状況で負傷したんですか。
豊田 「めちゃイケ」に出たとき(フジテレビ系列のバラエティ番組「めちゃ×2イケてるッ!」の人気プロレス企画「めちゃ日本女子プロレス」に出演)、芸人さんをめがけて場外に飛んだら、予想外の動きがあって、自爆したの。肩が抜けて、自分で入れて、続行できたので病院に行かなかったんだけど、そっからはしょっちゅう抜けるようになったので病院に行ったら、「かなり前に折れてますよ」と。引退後は2回手術してボルトで留めて、早く退院して、リハビリをちゃんとやらなかったせいでもあるんだけど、いまもずっと痛くて、痛み止めを飲んでる。リハビリはいまも週1回は続けてて、2カ月に1度は検診で。
――そんな状態で引退後は、自身のダイエットを兼ねて、糖質OFFアドバイザーの資格を取ったんですよね。
豊田 そう、そう。通信を受けて、勉強してね。現役のときに、同期の(下田)美馬たんが糖質制限ダイエットを教えてくれたの。それに興味を持って、私ってハマったらのめり込んじゃうんですよ。糖質制限は、ちゃんとやれば思うように体重が落ちていくんだけど、筋肉も落ちる。だから、いまは筋肉もなくなったから、きれいな痩せ方はしてないけど。

