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五輪直前に胃がん発覚…25歳で逝った“伝説のモーグル選手”が仲間たちに残したもの「この体のどこが悪いんだ…医師の前で叫んでいた」

posted2026/02/26 06:00

 
五輪直前に胃がん発覚…25歳で逝った“伝説のモーグル選手”が仲間たちに残したもの「この体のどこが悪いんだ…医師の前で叫んでいた」<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

長野五輪直前で胃がんが見つかった森徹さん。闘病を続ける中、会場に駆けつけて里谷多英の金メダルを現地で見守った

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Sankei Shimbun

1998年長野五輪――病と闘いながら仲間たちの勇姿を見届けた伝説のモーグル選手がいた。25歳で亡くなった森徹さんの軌跡を振り返った記事の短縮版をお届けする。

 冬季五輪の季節になると、ある伝説のフリースタイルスキーヤーを思い出す。モーグルで五輪出場を目指していた森徹さんのことを――。

 里谷多英がモーグルで冬季五輪日本人女性初の金メダルを獲得した長野五輪。じつは、徹さんもこの大舞台で得意の「ヘリコプター」を披露しているはずだった。持ち味のスピードのある切れのいいターンで観客を沸かせているはずだった。

 しかし、それは幻となった。長野五輪で輝く仲間たちを見届けた徹さんは、その年の夏、25年の短い生涯に幕を閉じて天国へと旅立った。

「この体のどこが悪いんだ」

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 数多くのスキー選手を輩出している長野・野沢温泉村のスキー一家に生まれた徹さん。高校3年でアルペンからモーグルに転向すると、めきめきと頭角を現した。

 1995年に全日本ナショナルチーム入りを果たし、1997年には世界選手権27位、全日本選手権4位に。夏の海外合宿も好調で、長野五輪代表が正式に決まる12月へ向けて、限りなくその座に近づいていた。「地元開催ですから、出場して目立ちたいです」と目をキラキラ輝かせながら、長野五輪出場へ熱く語る徹さんの姿が映像で残っている。

 しかし、過酷な運命が徹さんを待ち受けていた。海外合宿を終えて帰国し、念のために受けた人間ドックで胃がんが見つかったのだ。しかも、進行の早いスキルス性だった。

 両親とともに医師から説明を受けた徹さんは、興奮して立ち上がり、Tシャツをまくり上げ、「この体のどこが悪いんだ」と叫んだという。夢の舞台に手が届くところに近づきながら、奈落の底に突き落とされるかのような残酷な宣告。その絶望感は到底、推し量ることはできない。

 兄・敏さんは当時をこう振り返る。

「僕は海外合宿に出発する前日に徹がひどい病気だということを聞いたんです。衝撃的すぎてあまり何を話したかはっきり覚えていませんが、徹とは『できることをやろう』というような話をしたと思います」

 人生を全力で走り続けた徹さんがその後どう病と向き合い、仲間たちに何を残したのか。命のともしびが燃え尽きるまでモーグルを愛し抜いた男の物語は、記事本編で詳しく描かれている。

〈つづく〉

 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

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