オリンピックPRESSBACK NUMBER
妊娠出産→復帰の吉村紗也香「辛かったけど、辛くなかった」 スキップ不在も解散危機も支え合い…フォルティウスの「カーリングがある豊かな人生」とは
text by

石川仁美(Number編集部)Hitomi Ishikawa
photograph byJIJI PRESS
posted2026/02/12 06:02
妊娠・出産を経験したスキップ吉村紗也香を含めて、フォルティウスは「カーリングと豊かな人生」の両立を志向している
吉村は産後、船山の言葉が大きな支えになったという。
「出産を経て競技に復帰している先輩方が道を示してくれていたので、そういう道もあるんだなと思っていましたし、自分もそうしたいと自然に思いました。産後は船山さんから『生活がガラッと変わるから、トレーニングは量より質だよ』というアドバイスをもらったり、常に前を向かせてもらいながら焦る気持ちを抑えて練習ができました」
吉村不在の中、フォルティウスが成長した点とは
そして、吉村不在でもチームは成長を続けることができた。船山はこう話す。
ADVERTISEMENT
「戦術面が一番成長しました。ディフェンシブな吉村とオフェンシブな小谷のそれぞれの良さが反映されたのです」
吉村は攻撃的なスキップと言われるが、もともと石をハウスからはじき出すヒットゲームでシンプルに2点を取るのが上手い選手で、そこから徐々にドローで石を溜める展開でも戦えるようになったというのが船山の見方だ。小谷は怖がらず攻めることが良さだという。
「チームとして戦術面で良いバランスが取れました。後攻で2点取れる展開作りは、強化してきた部分でしたし、より良いチーム状態で復帰した吉村選手を迎えることができました」
メンバーの頑張りに応えるように、吉村も覚悟をもって復帰した。
「みんなの1年間の成長もありましたし、それ以上のパフォーマンスをできなければ、元のポジションには戻れないと思っていました。絶対に自分がスキップでプレーするという強い気持ちを持って地道にトレーニングに取り組みました」
「辛かったけど、辛くなかった」4年を経て五輪金を
小笠原が命名した24年前から今日まで、フォルティウスの前には未来を左右するような困難が幾度となく立ちはだかった。それでも過去に所属してきた選手たち、そして現在所属する選手たちが壁を乗り越え、その度に強くなる絆が、思いが、フォルティウスをオリンピックに導いてきた。
セカンドの近江谷杏菜は、ミラノ・コルティナ五輪を目指した期間を肯定的に捉えている。
「やっぱりチームが解散の危機に立たされた時も、本質的なところまでもう一度立ち返って考える機会になったので。本当は困難がない方がいいかもしれないけれど、私たちは困難があったからこそ覚悟が固まったので良かったんだと思います」
吉村はこの4年を「辛かったけど、辛くなかった」と振り返る。

