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「身体の仕組みはみんな同じ」オリンピアン池田めぐみさんが地元・山形で広げる“整えること”と地産地活への挑戦
posted2026/02/11 11:00
フェンシング日本代表として2度の五輪に出場した池田めぐみさん。現在は「アスリートの力を山形の力に。アスリートが挑む地域活性」プロジェクトに取り組んでいる
text by

石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Shigeki Yamamoto
「現役時代は、引退したらフェンシングの指導者になるという選択肢しかないんだろうか、と感じていました。周囲から『コーチになるんでしょ?』とか『地元に帰って高校の先生をするの?』と聞かれることも多かったです。でも私は違和感があって。だから引退後はフェンシング以外の分野でもキャリアを築きたいと考えていました」
得意分野を軸にどのような仕事が求められるのか? そこに携わるためにはどんなスキルやネットワークが必要なのか。現役で活躍していた頃から池田めぐみさんは10年後、20年後の未来を描いていた。
高校入学後、15歳からフェンシングを始め、大学4年で初めて日本代表に選ばれると、本格的に世界の選手たちと戦うようになった。大学院卒業後は単身海外にわたり武者修行しながらW杯を転戦。2004年アテネ、2008年北京と2大会連続でオリンピックに出場し、夢を実現した。
「私が山形でやりたいことはこれだ!」
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しかし2012年ロンドンオリンピックを目指そうとした矢先、乳がんを患っていることが発覚、2011年に道半ばで現役を引退。そして手術、闘病、出産を経験。自身の身体と向き合うことの大切さを再確認した。
現役時代から日本アンチ・ドーピング機構アスリート委員会の委員や故郷・山形県のスポーツ協会のスポーツ指導員などに取り組んできたが、その活動の中で自分が本当にやりたいことに出会ったという。その1つがアスリート時代に身につけてきたコンディショニングの重要性を知ってもらうことだ。アスリートだけでなく、世に広く伝えたかった。
「地元に戻り10年が過ぎた頃、次のステップで何ができるのか考えたんです。ちょうどその頃、私もアスリート時代にトレーニングに通っていた『R-body』が、コンディショニングを北海道東川町で一般の方にも提供し、健康なまちづくりを推進していました。実際に現地に行き、様子を見学させていただいたとき、『私が山形でやりたいことはこれだ!』とピンときたんです」
アスリートのコンディショニングは競技力を高め、心身を最高の状態に整えるために必要不可欠なものだ。自身も長年、当然のようにやってきた。
「アスリートは強くなるために食事の管理をしたり、睡眠を意識したり、怪我や病気を予防し、最高のパフォーマンスを発揮するためトータルコンディショニングのスキルを身につけています。私はこうしたアスリートが培ってきた知見やスキルを、人々の暮らしの中へと繋げていき、日常を健康に過ごすための力として伝えたいと考えました」
生まれ育った山形県の人たちが思い通りに身体を動かして、快適に生きて欲しい。
その思いは活動の原点であり、原動力となっている。
「アスリートが挑む地域活性」プロジェクト
人との出会いにも恵まれ、「縁と運とタイミングが本当にうまく重なったんです」という池田さんは、故郷・山形県南陽市や高畠町を拠点に「YAMAGATA ATHLETE LAB.」を立ち上げ、「アスリートの力を山形の力に。アスリートが挑む地域活性」プロジェクトをスタートさせる。


