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オリンピックPRESSBACK NUMBER
「“高木美帆のお姉ちゃん”と呼ばれて…」スピードスケート高木菜那の心が折れた“最強の妹”の出現「私のこと…誰も褒めてくれない」菜那を救った恩師の言葉
text by

高木菜那Nana Takagi
photograph byTakuya Sugiyama
posted2026/02/10 11:01
初の著書で妹・高木美帆への想いを赤裸々に明かした高木菜那 (写真は2016年撮影)
この美帆のタイムを目の当たりにし、500メートルのタイムをまだ測ったことのなかった私は、内心では「もしかしたら勝てないかもしれない」と少し不安に思いつつ、「私は、きっと美帆より速く滑れるはず」と自分に言い聞かせていました。
小学生時代は背が大きい方だった私の身長はすでに止まり、美帆に身長も抜かれ、「菜那」ではなく「美帆のお姉ちゃん」と言われることが多くなったのはこの頃。
私は、妹とスケートで比較されることを徐々に気にするようになりました。
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家族としての関係性は変わりませんでしたが、美帆に負けることだけは、姉として本当にイヤでした。負けを認めたくなかったし、絶対に負けたくないという感情が湧き上がりました。
サッカーも3年生まで続けましたが、その頃になるとチームメイトの男子たちに身長もどんどん追い抜かされ、試合をしても男女の体格差が顕著に出てきて、思うようにプレーができなくなっていきました。
次第に結果も出ていたスケートのほうが楽しいと思うようになっていきました。
そして翌年に、美帆は中学1年生になり、同じスケートの中体連に入ってきました。すでにすごいタイムを出して注目されていたこともあり、先生は美帆につきっきり。それを見るのもイヤでした。
中学の全国大会は学校対抗もあったので、「複数の種目で勝ちに行くために」と言って、私は短距離、美帆には「長距離を滑ってみたら?」と勧めて、美帆との直接対決をしない状況を自らつくりにいきました。
避けられなかった妹・美帆との対決
そんななか、カルガリー遠征に行きたい、それが私の次なる目標になりました。
スピードスケートには、ジュニア世代を対象とした国際大会もありました。そのなかで一番大きな大会がISU世界ジュニアスピードスケート選手権大会(世界ジュニア)で、おもに高校生の速い選手が選ばれていました。
当時はそのほかに、翌年に向けて有望な選手が強化メンバーとして選抜されて行く、カナダのカルガリー遠征というものがありました。
私はそこに選ばれたいという思いで練習を頑張っていました。ところが、世界ジュニアやカルガリー遠征に行く選手の選考をかけた全日本ジュニアの1000メートルで、まさかの美帆と人生初の同じ組に。
そこで初めて美帆と正々堂々と戦いました。
結果は負けました。現実を突きつけられた瞬間でした。
そしてその後の全国大会で私は2位に入ったものの、この年の総合的な順位などを評価した結果、カルガリー行きを勝ち取ったのは、美帆でした。

