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オリンピックへの道BACK NUMBER
「北海道の子は、ずるいな」大阪生まれの“サンテレビのAD”が、ミラノ五輪に出るまでの苦悩…モーグル・藤木豪心が明かす「電話越しに父が泣いた日」
posted2026/02/13 11:01
モーグル日本代表として、ミラノ・コルティナ五輪の舞台に立った藤木豪心
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
AFLO/サンテレビ提供
「サンテレビ」の正社員でありながら、ミラノ・コルティナ五輪のモーグル日本代表として戦う藤木豪心(28歳)。二足の草鞋を履く異色のキャリアと、五輪までの舞台裏を聞いた。《NumberWebインタビュー後編/前編から続く》
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サンテレビとモーグルを両立
関西の民放テレビ局「サンテレビ」の社員として働きながら、モーグル男子日本代表としてミラノ・コルティナ五輪出場を果たした藤木豪心。
生まれは大阪府の阪南市だ。大阪の南部にあって和歌山県に近く、大阪湾を挟み淡路島と向き合うところに位置する。市内はむろん、近隣にスキー場はない。スキーに打ち込みやすい環境とは、とうてい言い難い。
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たいていの選手はスキー場が近くにある雪国に育ち、冬季は日常的にスキーができる環境で競技に取り組んでいる。
にもかかわらず、そうした環境がない中で、モーグルの選手として国際大会で活躍するまでになった。
どのようにスキーに取り組んでいたのか。藤木は語る。
「父親がスキーをすごく好きで、その影響で子どものときから始めました。毎週末、車で6、7時間かけて長野のスキー場まで連れて行ってくれました。ほんとうに親には感謝しかないです」
「北海道の子は、ずるいな」
次第に、藤木自身もスキーに魅せられていった。その中で「取り組もう」と思ったのがモーグルだった。
「アルペンとかいろいろなことをしました。でも子どもながらにコブを滑ったり、ジャンプをしたりというのが好きでした。もう1つ、父はスキー自体が好きですけど、その中でも『モーグルが世界でいちばんかっこいい』といつも言っていて、必然的にモーグルをやる流れになったと思います」
