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マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
ドラフト6位→トミー・ジョン手術から侍ジャパンへ…高校時代は甲子園出場ナシ「寮で一人で泣いていました」超無名の高校生がWBC初選出を掴むまで
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安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byJIJI PRESS
posted2026/01/29 06:02
球界を代表する投手のひとりとなったロッテの種市篤暉。ドラフト下位指名からトミー・ジョン手術も経験するなど波乱万丈の経歴でもある
大湊高は春の県大会でも負かしていたから、文字通りの想定外。
「だから、余計大ショックで。マウンドに上がれなかったのは最初から言われていたので仕方ないんですけど、自分、打者としても何も力になれなくて。変化球でタイミング外されて、真っすぐで内角を突かれて、継投で目先を変えられたりして、結局チャンスを作れないままで」
種市篤暉、心の中でもう一度、号泣しているように見えた。
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「もう、みんなはいなくなっていて、自分だけが寮の部屋で泣いていて、泣き疲れて、そのまま寝て。えっ、次の日ですか? もう、新チームの練習に出ていました」
悔しさの中で見た甲子園「いつか投げ合う相手かも…」
3カ月も前の出来事なのに、いまだに涙目になって振り返れる一途さが、いかにも若々しかった。なによりの「伸びしろ」に感じた。
そこまで信じきっていた「甲子園」。自分の姿のない甲子園など、きっと目をそむけたかったのでは?
「甲子園は見ていました、テレビで。はい、悔しいんですけど、見るようにしていました。いつか、同じ世界で投げ合う相手かもしれないんで。寺島(成輝、履正社高→元・ヤクルト)とか今井(達也、作新学院高→西武→アストロズ)とか、有名なピッチャーほど、どんなピッチングするのか見たくて」
上には上がいる。ただ、ただ、驚いたという。
「150キロ近いストレートでも、ほとんど両サイドじゃないですか。それがすごい。いくら速くても、真ん中行ったらやられますから。スピードも欲しいですけど、自分としては、それよりコーナーでしっかりきめたい。初球が勝負球だと思っています」
こういう表現、高校生にはなかなかできない。見上げた心がけだ。
「自分は、まだ両サイドに投げ分けられていない。そこを確実に取れないと。特に、右バッターのアウトローですね」
そんな話を聞かせてくれた、その日の「ブルペン」が素晴らしかった。
豪快に投げ下ろす腕の角度が、時計の文字盤で「11時」のあたり。自然に右手を振り上げて、高いトップの位置をとれる肩甲骨の可動域の広さ。テークバックが背中に入らないからだ。

