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補欠の野球部員“18歳で単身渡米”で人生激変「TOEFL12点でした」平安の応援団長だった高校球児がMLBカブス鈴木誠也の右腕になるまで
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph byJMPA(Seiya Suzuki), Fumiya Nakata
posted2026/01/28 11:03
WBC日本代表に選ばれた鈴木誠也。その活躍を支えてきたのがMLBカブスの中田史弥トレーナーだ(写真右/2024年プレミア12の練習風景)
アメリカでATC(アスレティックトレーナーの国家資格)を取得した人材が重宝されると考えていた父の助言が背中を押した。父の顧客でもあった元メジャーリーガーの大家友和やNBAに挑戦した森下雄一郎といった世界に挑むアスリートを近くで見られたことも視野を広げてくれたと感謝する。
「前例がなかったからか、親身に進路の相談に乗ってくれた原田監督も驚いてました。『えーてぃーしー』って何の略や?って」
全米アスレティック・トレーナーズ協会(National Athletic Trainers' Association)が認定するNATA-ATCは、現地で準医療従事者として認められる最高峰の資格だ。大学での履修と難関試験を突破する必要があった。
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「アメリカ留学を決めてから実力試しにTOEFLを受験したのですが、120点満点中12点でした。これはまずい、日本で勉強しても埒があかないから、もう行っちゃえ、と。通い始めた現地の語学学校でも最初のクラス分けは一番下。冗談じゃなく『アイ・アム……』から積み上げていきました」
アメリカ文化に触れて変わったこと
半年を過ぎたころには日常生活に支障がないレベルに達した。自信をつけた中田は2年制のオレンジコーストカレッジに入学する。ATC取得に必要な一般教養と生理学、運動学、解剖学といったスポーツの基礎知識を学ぶためだった。
「どちらかといえば寡黙なタイプでしたから、授業を受けるなかでコミュニケーションで何が大切かもいっぱい学ぶことができました。目を合わすとか笑顔を作るとか初歩的なことですけど、まずは意識を変えることが大事だと行き着いて。こちらの人たちはわからなくても手を挙げてできると言う。やってみると全然できないですよ。でも、できますと言えば打席には立てる。ブレイクスルーできた時間でした」
その後、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校に編入。中田が在籍したアスレティックトレーナー(AT)科は、毎年20名程度しか入学が許されない狭き門として知られる。より専門的なプログラムを学ぶ日常は多忙を極めた。
午前中は座学。午後はすべて現場での実習に当てられた。セメスター(学期)ごとに大学の部活に配属されて、ひたすら現場に立つ。野球、アメフト、バスケ、バレーとさまざまな競技に触れたが、「毎日キャパオーバー状態」と振り返るのも嘘ではない。留年が決まった時は「帰ってこい」と言われることを覚悟したが、父の助言で思いとどまった。
「それもいい経験になるからやり続けろ、と。結果的に、留年した1年間でUCLA(スポーツの名門であるカリフォルニア大学ロサンゼルス校)でのインターンの機会をもらって男子バレーボール部を見ることができました。トップレベルの選手ばかりが集まる環境は自信になりましたし、ヘッドトレーナーの存在も大きかったですね。『わからないことは全部聞け。前に言ってたことでもわからなかったら聞け。3回でも4回でも聞いていいから。ここでは、わかったフリをして大間違いするのが一番ダメ』と」



