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「賞を狙うと公言するのも野暮」な世界で…ある異色の落語家が“落語界のM-1”を「狙って」獲りにいった意外なワケ「漫才師の熱量と明らかに違うと…」
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生島淳Jun Ikushima
photograph byAtsushi Hashimoto
posted2025/11/06 11:03
2022年のNHK新人落語大賞を受賞した立川吉笑。伝統芸能の世界で「落語界のM-1」とも言える賞を獲るためにどんな策を練ったのか
「自分がやってみて感じたのは、NHK新人落語大賞というのは、ものすごく特殊な競技だということです」
そのココロは、こんな理由からだった。
落語には大きく分ければ古典と新作の2種類がある。もともと広く知られている古典と比べ、さまざまなテクニックを駆使して演者のオリジナリティを織り込みやすい新作の方が、単純に笑いの量が増やしやすい。それは、結果的に競技的な意味での評価を得やすいことにつながる。
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「NHK新人落語大賞は持ち時間が11分あって、僕の場合はその間にどれだけ笑いを詰め込んでいくのか、その効率を最大化させることを考えていました。でも落語って、本来は効率的なことからいちばん遠く離れたところにあるわけです。むしろ、そうした競技性から離れているからこそ魅力的なものであって。だから、“競技としての落語”は、本来の落語とはまったく別物だと思うんですよ」
古典落語の世界には、情に訴える噺があったり、同じ笑いといえどもゆったりとした間合いでの「可笑しさ」も当然、存在する。だが、競技としての落語には、そういった要素を入れ込む余白が存在しづらい。
お笑いの世界では、秋になると賞レースが本格化してくる。
10月11日に放送された「キングオブコント」ではロングコートダディが優勝し、これからは年末に向けてM-1が進んでいく。お笑いでは、こうしたコンクールに挑戦する姿が、もうひとつのストーリーを生んでいくが、新人落語大賞ではこうした芸人のストーリーに関する情報が少ない。これは、なぜなのだろうか。
なぜ落語は「背景のストーリー」が少ないのか?
「もともと、江戸落語は“粋”を大切にする文化がありますからね。こうやってコンクールのことをしゃべること自体が実は野暮だったりするわけです」
ああ、なるほど。言われてみれば、たしかにそうだ。
「賞を狙うと公言するのも野暮ですからね。努力しているところを見せない方が良しとされる世界ですから」
だが、そんな落語の世界にあって、吉笑自身は2020年以降、新人落語大賞に限らず、コンテスト的なもので結果を出したいと考えるようになっていた。この2022年の大会時は、完全に「勝ちに行くつもりで」準備をしていたという。

