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「賞を狙うと公言するのも野暮」な世界で…ある異色の落語家が“落語界のM-1”を「狙って」獲りにいった意外なワケ「漫才師の熱量と明らかに違うと…」 

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生島淳

生島淳Jun Ikushima

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photograph byAtsushi Hashimoto

posted2025/11/06 11:03

「賞を狙うと公言するのも野暮」な世界で…ある異色の落語家が“落語界のM-1”を「狙って」獲りにいった意外なワケ「漫才師の熱量と明らかに違うと…」<Number Web> photograph by Atsushi Hashimoto

2022年のNHK新人落語大賞を受賞した立川吉笑。伝統芸能の世界で「落語界のM-1」とも言える賞を獲るためにどんな策を練ったのか

 そんな思いから吉笑は本番前日に後輩を呼び出し、当日のシミュレーションをすることにしたのだ。

《1、2番手の上方の後輩勢は、きっとそれなりにウケるだろう。だから、3番手の自分は、まずはそれ以上にウケないと勝てない。自分がダーンと場を盛り上げて……98点くらいを叩き出す。きっとその影響が残っているから、続く4番手は不利になるはずだ。いや、そうしなきゃ勝てない。

 5番手は、つる子姉さん。演目は『反対俥』。面白いのは分かっている。でも、自分が大ウケを取れていれば、きっとまだ余韻がある。それなら多分、なんとかなる。ただ、その余韻が薄れてきた頃合いで最後に来るのが、わん丈さんの『星野屋』だ。これが一番怖い――》

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 果たしてそんなシミュレーションにどこまで意味があったかはわからない。

 だが、そんな決戦当日の予測を後輩と2人でぶつぶつと語り続けるうちに、少しずつその夜はふけていった。

競技としての落語…その筆頭が「NHK新人落語大賞」

 伝統芸能の代表格のような落語の世界にも「競技としての落語」が存在する。その筆頭が、毎年秋に行われるNHK新人落語大賞だ。

 参加資格はプロの落語家で、入門15年未満であること。東京では二ツ目、上方では二ツ目またはそれと同程度の芸歴を有する者と定められている(ちなみに上方には前座、二ツ目、真打の制度がない)。若手落語家の登竜門と言っていい大会だ。

 この大会で、2022年に優勝したのが立川吉笑だ。

「僕自身は、従来の落語とは違うところを出していくのを意識していて、新作落語を作ることをずっとやってきました。もう3年前のことになりますけど、正直、コンテストでは古典が好まれるのかなと思っていました。だから、まさか自分が優勝できるとは思ってもみませんでした」

 吉笑は、優勝したあとに自身のnoteでこう書き記している。

《伝統あるこの大会において、多様性の担保、つまりは賑やかしとして本選に出られる日が来たとしても、そこで自分が大賞を獲れることはまずないだろうと決めつけていた。落語道のまん真ん中を歩いている方が受賞するべき賞だと他ならぬ自分自身がそう思っていた》

 この真意を問うてみた。

【次ページ】 なぜ落語は「背景のストーリー」が少ないのか?

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