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なぜ女子プロレスラー・上谷沙弥は“お茶の間”にウケたのか?「涙も流す悪役」という魅力、23年ぶり地上波生中継で“じつは画期的だった”試合形式
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橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2025/09/29 11:01
9月27日、YouTube無料生配信となった一戦で、AZMを締め上げる上谷沙弥
「いかにもな悪役ではない」上谷の魅力
地上波でついた異名は“令和の極悪女王”。ヒールレスラーとして、いかにも分かりやすい。ただ上谷の魅力は、いかにもな悪役ではないところだ。悪役っぽく凄んでみせても、すぐに“素”が出てしまう。
『鬼レンチャン』では出場の理由を「今の女子プロレスを知ってほしい」からだと涙ぐみながら話していた。「優勝して女子プロレスの全盛期を作りたい」とも。
第2回のメンバーでライバル視されたK-1王者・松谷綺の敗退に「一番怖かったんだもん。プロレスと格闘技で絶対に比べられるし」と安堵の涙を流す場面も。スタジオの芸人たちには「(ヒールの振る舞いに)慣れてない」、「悪役忘れてる」と突っ込まれていた。
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『ラヴィット!』卒業回ではこれまでのキャリアを振り返るVTRも放送された。もともとアイドル志望で「オーディションに100回落ちた」、「自己肯定感が低くて普段の自分が好きじゃなかった」という告白も。
そんな姿をSNSで批判されることもあるそうだ。曰く「ヒールらしくない」。だが上谷は、ヒールなのにヒールらしくないからこそ“マス”の世界にハマったのではないか。言ってみれば現代的。
“バラエティ的ではなかった”試合形式の凄さ
テレビの世界はどんなジャンルもドキュメントだと言われる。上谷はヒールに徹しきれないギャップ、突っ込まれるところまで含めて魅力なのだ。“さらけ出せる”のは表現者の才能の一つと言っていい。
上谷はプロレスにかける思い、言うならば“純情”を取り繕うことなくさらけ出した。そのことで『鬼レンチャン』では芸人たちから「スターダム見に行こう!」、「家だったら泣いてる」という言葉を引き出している。
番組にも恵まれた。『鬼レンチャン』、『ラヴィット!』ともに作り方が丁寧で、プロレスラー・上谷沙弥を強引に“タレント”に変えようとしなかった。
『ラヴィット!』で実現した生放送マッチにしても、ストレートにプロレスの醍醐味を打ち出すものだった。プロレスラーがテレビで“闘う”というと、思い浮かぶのは芸能人に技をかけたり、試合形式にしても複数人の芸人を相手にしたり。しかし『ラヴィット!』はスターダムのリングを使い、対戦相手は次世代エース候補の羽南、村山大値レフェリーと解説の大江慎氏も普段の大会と同じ顔ぶれだ。いつもと違う“脚色”は試合前のマイクアピール合戦くらい。そこにプロレス好きの番組MC・川島明が絶妙な“通訳”の役目を果たしていた。
スターダム、女子プロレス界、さらにはプロレス界にとっても貴重すぎる機会だった。単に生中継というだけでなく、平日午前中のテレビにプロレスが流れたのだ。平日の午前中にテレビを見ている層というのは、プロレスというジャンルから最も離れたところにいる人たちではないか。そこに上谷はリーチしたのだ。


