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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「イノウエのパワーは想定以上ではなかった」敗者アフマダリエフ“2つの誤算”…取材記者が本人を直撃、コーチは“言い訳”「井上尚弥のプランは…予想外だった」
text by

田中仰Aogu Tanaka
photograph byNaoki Fukuda
posted2025/09/17 06:05
9月14日、井上尚弥vsアフマダリエフ。敗者が思い描いていた“番狂わせ”プランとは…
予想どおり1時間ほど経って、アフマダリエフがロビーに姿を見せた。関係者10人ほどを引き連れた一行がホテルへ戻ってきたのだ。ディアス兄弟と異なり、アフマダリエフは英語で質問ができない。しかし、すこしだけ話を聞かせてほしいと伝えると、2人ほどの関係者が「日本語話せるよ!」と通訳を買って出てくれた。聞けば夕食にケバブを食べに行ったのだと言う。とはいえ、直前まで井上と殴り合っていた本人だ。無理のない範囲でと前置きして、数問にとどめた。アフマダリエフ陣営内の齟齬を聞きたかったのだ。
「イノウエはうまく、速かった。それでも、予想を大きく超えた力というものではなかった。それよりも、自分の力を出せなかったという気持ちが大きい。(前の試合の早期決着で)準備時間が足りなかった。体をもう少し温められていたら、と思う」
――トレーナーのアントニオは「練習してきたカウンターを出せ」「もっとパンチを出せ」と声をかけていたが、そこがうまく機能しなかったと言っていた。
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「その声は聞こえていたし、たしかにチャンスはあった。打ちたい気持ちはあった。自分がやりたかったスタイルのボクシングを、と思っていたんだが……」
“自分のボクシング”をなぜできなかったかという点については、この時点ではまだ確たる答えを持ち合わせていないようだった。あるいは本当に準備の時間が不足していたからなのか。
ある表情を思い出した。ラウンドが終わり、アフマダリエフが自分のコーナーへ戻る。そのとき彼は、ワセリンを塗られながら、無機的な表情を浮かべることがあった。すでに勝負を諦めたかのような無の表情。視線は話しかけるジョエルにもアントニオにも向いていなかった。ただ呆然とリングを見つめていた。
あのとき、アフマダリエフは無意識に悟ったのではないか。
打たなかったのではない。打てなかったのだ。自分のパンチは井上に当たらない。やみくもに攻めれば逆に井上のカウンターを受ける。だからノーガードの井上に向かっていけない。
「イノウエに想定以上というものはなかった」
その言葉を発したときのアフマダリエフは、やはりコーナーのときと同じ無機的な表情を浮かべていた。
「ジョエルは1人で帰ったよ」
試合翌日、アフマダリエフ陣営が朝早くホテルを出発することを聞いていた。バスで中部国際空港に向かうことも。


