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ボクシングPRESSBACK NUMBER
「イノウエをダウンさせるプランがある」敗者アフマダリエフ、作戦はなぜ失敗したのか? 取材記者がコーチに聞いた“誤算”「井上尚弥は“くる”」発言
posted2025/09/17 06:04
9月14日、井上尚弥vsアフマダリエフ。敗者が思い描いていた“番狂わせ”プランとは…
text by

田中仰Aogu Tanaka
photograph by
Naoki Fukuda
◆◆◆
「(敗因は)ノーコメントだ」
憮然としていた。同時に迷っているようでもあった。話すべきではない。説明すれば敗戦の失望が深くなる。そんな逡巡がアントニオ・ディアスの表情に浮かんでいた。
井上尚弥に敗れた直後の会見のことだ。ムロジョン・アフマダリエフは現れず、陣営の代表として出席した人物がコーチのアントニオだった。「なぜアフマダリエフはディフェンシブな戦い方だったのか?」。この質問を聞き終えたアントニオは、発するべき言葉に逡巡しているようだった。そして、絞り出すように発言した。
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「そこに関しては、自分からはノーコメントとさせてほしい。MJ(アフマダリエフの愛称)もしっかり準備してきたが、スピードで劣っていた印象がある」
ノーコメント。情報戦から解放された試合後の会見において、聞き慣れない言葉に違和感を覚えた。しかし、この会見から3時間後、私はその発言の真意をアントニオ本人の口から聞くことになる。
番狂わせの申し子「イノウエを倒す自信がある」
アフマダリエフはいかにして怪物を打ち破るのか。興味を抱いた理由は、ジョエル・ディアスにある。先に挙げたアントニオの兄で、2人はボクシングジム「ディアス・トレーニング・キャンプ」の共同オーナーを務める。アフマダリエフの指導において2人の役割分担はこうだ。ミット打ちなどのトレーニングはアントニオで、ジョエルは試合の戦略立案を担う。彼は稀代の戦術家で「番狂わせの申し子」として名高い。13年前、世界ウエルター級王者で全盛期だったマニー・パッキャオを挑戦者のティモシー・ブラッドリーが破った試合。ブラッドリーの波乱を呼んだのが、ジョエルだった。
ジョエルは井上を知っていた。なぜなら、前回の井上の対戦相手、ラモン・カルデナスを指導しているのが、他ならぬジョエルだからだ。井上の圧勝が予想される中、カルデナスは2回に左フックで想定外のダウンを奪うなど、善戦を繰り広げた。ならば実績でカルデナスを上回るアフマダリエフが、ジョエルから戦術を授けられたとき……番狂わせの予感は自然と高まった。全容は知れずとも、ジョエル本人に作戦を尋ねたかった。
試合2日前のことだ。記者会見場にジョエルの姿があった。フォトセッション中、一人ぽつんと席に座っていた。このタイミングしかないと考えた。「少し質問していい?」。そう尋ねるとジョエルは微笑を浮かべて言った。「もちろん!」。
――アフマダリエフ陣営として井上を倒す自信はありますか?


