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「7回、いや5回…」何度も繰り返された高安の脱走劇…師匠に土下座する父の姿が15歳の少年を変えた! 35歳になった高安が明かす「義理と人情」

posted2025/07/09 17:02

 
「7回、いや5回…」何度も繰り返された高安の脱走劇…師匠に土下座する父の姿が15歳の少年を変えた! 35歳になった高安が明かす「義理と人情」<Number Web> photograph by Kanekoyama

優勝同点・次点は9回を数える高安35歳

text by

田井弘幸

田井弘幸Hiroyuki Tai

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photograph by

Kanekoyama

 彼が土俵に上がるとき、場内の歓声は一際大きく響き渡る。35歳となった今も、高安の闘志に翳りはない。幾度もの挫折を土俵際で耐え抜いてきた不屈の男が賜杯をその両手に抱き、時代を掴む瞬間を、大相撲を愛する人々は待ち望んでいる。
 発売中のNumber1123号に掲載の[ベテランの矜持]高安「まだ見ぬ夢の、その先へ」より内容を一部抜粋してお届けします。

重んじるのは義理と人情

 大相撲夏場所千秋楽の5月25日、高安は小結で負け越しながら最後に4連勝で6勝目を挙げた。「やっとエンジンがかかってきましたよ。遅いけど」。冗談交じりに15日間の疲れをにじませた。普段の千秋楽と違うのは、風呂上がりの支度部屋で正装の紋付き袴に着替えたところだ。

 前日の夜、大の里サイドから優勝パレードの旗手を打診された。元大関という立場もさることながら、1場所前の春場所では優勝決定戦で敗れた相手でもある。同じ二所ノ関一門という枠なら他にもいる。それでも二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)からの依頼に二つ返事で快諾した。「親方には下積み時代からものすごくお世話になったので、頭が上がらない。断る理由がない」。同時に横綱土俵入りの太刀持ちも引き受けた。いただいた恩に報いる。重んじるのは義理と人情。高安とは、こういう男だ。

 横綱昇進を手中に収め、時代の寵児となった大の里から二歩後ろの距離を取って歩いた。重さ5.5kgの優勝旗を持ち、両国国技館の地下にある支度部屋から通路を進む。二人そろって地上に上がると、待っていた無数のファンは主役の名を次々と呼んだ。そして大歓声と拍手の間を縫い、もう一つの名前が断続的に聞こえてきた。

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「たかやす~!」

 男性の野太い声、女性の高い声が「おおのさと~」に反響する。悲痛な叫びにも似たエールも飛び交った。優勝決定戦は3戦3敗。これまで千秋楽に優勝の可能性を9度も残しつつ、なかなか栄冠に届かない。この春で土俵人生20年を迎えた。35歳の好漢が歩んだ苦闘の歴史には、大相撲を愛する人なら誰もが心を震わせる。今度は二歩後ろではなく、二歩前の位置に立ってほしい――。新横綱誕生の祝福ムードの中に、切なる願いが渦巻いていた。

「大関から落ちて、もしあそこで辞めていたら…」

「20年」という大きな括りの中で、高安は「5年」という数字に尊い意義を見いだしている。15場所在位した大関の座を明け渡した2020年初場所からの期間だ。

「陥落してから今日までですね。貴重な5年間だった。中学を出て15歳で入ってからの15年間も貴重な経験だったけど、それ以上にこの5年間は濃い。大関から落ちて、もしあそこで辞めていたら、指導者になっていても若い力士たちに何も教えられていなかった」

 '11年名古屋場所で21歳の若さにして新入幕を果たし、6年後には大関になった。旧鳴戸部屋時代からの兄弟子である稀勢の里の横綱昇進と時期がほぼ重なり、完全復活した大相撲人気の一翼を担った。脇を締めて腕をくの字に曲げ、立ち合いで相手に胸から思い切り当たるかち上げは迫力満点。激しい突き、押しを軸とした攻撃相撲は勢いにあふれていた。

【次ページ】 師匠に土下座する父の姿が15歳の少年を変えた

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