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「あのままだったら終わっていたかも」中日→オリックスへトレードの岩嵜翔「最優秀中継ぎ投手」が手術、育成…苦闘の先に歩む“新しい野球人生”
 

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph bySANKEI SHIMBUN

posted2025/06/21 11:06

「あのままだったら終わっていたかも」中日→オリックスへトレードの岩嵜翔「最優秀中継ぎ投手」が手術、育成…苦闘の先に歩む“新しい野球人生”<Number Web> photograph by SANKEI SHIMBUN

オリックスで「新しい野球人生」を歩み出す岩嵜翔

「あらがっていきたい」貫くこだわり

 手術後は体のメンテナンスにもトレーニングにも、より一層気を使うようになった。ただ、速球を軸とする投球スタイルは変えない。

「自分はパワータイプのピッチャー。まっすぐが一番のボールだと思っているので、スピードにこだわりは持っていきたいですし、リリーフなので、少しでも圧倒できるピッチングを見せていけたら。スピードが落ちてきたら、やめ時だと思っているので、そこだけはこの歳になっても維持というか、さらに上を目指していけるように。そこは、あらがっていきたい。

 自分はかわして抑えるタイプじゃないと思っていて、ホームランバッターが、飛ばなくなったらやめるのと同じような感覚なのかなと。年齢的に、普通にやっていたら落ちていく一方。倍やってトントンぐらいだと思っています。ただ、スピードガンコンテストじゃないので、抑えるためにどうしたらいいかをしっかり考えて投げていけたらと思います」

移籍は「人と出会えるチャンス」

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 環境が変わってチャンスが生まれることはもちろんだが、岩嵜は“出会い”も移籍のメリットだと捉える。

「あのままだったら出会えなかった人と出会えるチャンスなので、そこも前向きに捉えています」

 中日でもそうした出会いがあった。

「立浪(和義・前)監督や落合(英二)コーチ(現二軍監督)、当時その2人から『岩嵜獲ろう』という話になって人的補償が決まったと聞いたので、2人には感謝しています。落合さんは、常にいいところで使おうとしてくれるピッチングコーチで、今年は二軍監督ですけど、僕が二軍に落ちた時もすごく深い言葉をかけてもらいました。抹消されても、打たれても、常に味方でいてくれた。理解してくれる人がいるというのはすごく心強いんです」

 オリックスでも新たな出会いに期待しつつ、嬉しい再会もあった。中日でチームメイトだった博志と、ソフトバンクで共に優勝を味わった川島慶三打撃コーチ、山崎勝己バッテリーコーチだ。

 川島コーチからは「最後、ここでひと花咲かせよう。頑張ろうぜ」と声をかけられたという。

 川島コーチは、「一緒に優勝していた時のチームメイトですし、やっぱりかわいいですよ。彼の真面目さ、野球に取り組む姿勢、バッターに向かっていく姿勢が本当に好きなんです。また同じチームでやれるから、いい姿を見たいなという気持ちで、そう伝えました」と明かす。

歩み始めた「新しい野球人生」

 オリックスでの初登板は、6月8日の阪神戦。1-4とビハインドの5回裏にマウンドに上がると、小幡竜平をライトフライ、高寺望夢、近本光司からはストレートで空振り三振を奪い、圧巻のデビューだった。

「一発目の印象ってすごく大事だと思ったので、いい結果でとにかくスタートを切れたことはよかった」と岩嵜は安堵した。

 川島コーチは、「打者に向かっていく姿は変わっていない」と頷く。

「あいつがオリックスに来て初めての登板でしたけど、あの日、一番目立ったのはあいつじゃないですか? さすがだな、と思いました」と自慢げに笑った。

 今では勝ちパターンに組み込まれ、6月19日には古巣・中日相手に登板し1イニングを三者凡退に抑えた。連投となった20日のヤクルト戦では同点の9回裏にマウンドに上がり、150km台中盤の力のあるストレートとフォークを軸に、ヤクルトの4番サンタナ、5番オスナから連続三振を奪うなど、3奪三振の好救援。10回表にチームが勝ち越したため、オリックスでの初勝利を掴んだ。

 35歳で始まった「新しい野球人生」。岩嵜はまだまだ輝ける。

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