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巨人が大谷翔平と鈴木誠也をドラフト指名できなかった決定的理由…「もし菅野智之を前年に獲れていても」「誠也は“4位以降なら”だった」
text by

長谷川国利Kunitoshi Hasegawa
photograph byTakashi Shimizu
posted2025/04/10 11:02

日本ハムからドラフト1位指名を受けた、花巻東・大谷翔平。巨人が指名できなかった理由とは
「1年間試合をしていないんだから、プロでも1年目はゆっくりやればいい」
「いえ、1年目からできます。来年からすぐ活躍するために練習をしてきて、大学も協力してくれたのですから」
原監督の菅野に対しての要求も厳しかったですね。菅野もそれにこたえて実際に1年目からよく投げてくれました。
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1位はピッチャーの菅野と決めていましたから、2位では野手を獲ろうという方針で道都大の大累進を指名しました。この頃の巨人にはショートには坂本、セカンドには藤村という若い選手がいましたが、選手層が少し薄かったことから比較的早く戦力となり、かつ一芸がある選手がいいだろうという話で大累に決まったと記憶しています。大累はとにかく足が速いということが大きかったですね。4年生の時の大学選手権で目立っていましたから、他も評価しているんじゃないかということで、確実に獲るためにこの順位になりました。
大谷翔平は指名できない“運命”だった
この年の高校生には花巻東の大谷翔平(日本ハム1位/現・ドジャース)がいました。下級生の頃から体が凄く大きいのにバランスの良いピッチャーがいるという話は聞いていました。ただ、柔らかさはあってもまだ力強さはなくて“ぐにゃぐにゃ”しているという印象でした。2年生で夏の甲子園に出た時も下半身を痛めていて完全に突っ立って投げていましたね。
驚いたのは3年春の選抜です。
初戦で大阪桐蔭と対戦して、藤浪晋太郎(現・マリナーズ)のスライダーかカットボールのような内角の変化球をホームランにしたあのバッティングです。あのホームランを見て「これは凄いバッターになるだろうな」と思いました。今はあの時の柔らかさに加えて、鉄の兜と鎧を重ねて着ているような体になって、ますますパワーがつきましたね。
仮定の話になりますが、もし前年巨人が菅野を獲れていて、大谷が日本の球団に行くということを表明していたとしても、巨人が指名していたかは微妙だったと思います。