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将棋PRESSBACK NUMBER
「泣いちゃうよ…」負けた西山朋佳が美しい気配り、“勝っても何もない”26歳試験官は新手を「ホッとしましたが明後日も…」観戦棋士が感涙のワケ
text by

勝又清和Kiyokazu Katsumata
photograph byKeiji Ishikawa
posted2025/02/01 06:01
西山朋佳と柵木幹太の棋士編入試験第5局は公式戦ではなかった。しかしその熱量はタイトル戦にも勝るとも劣らないものだった
「彼女が高校1年だったかな、最初の記録係をしたのが、私と安用寺(孝功七段)くんの竜王戦予選だったんだけど、なんと持将棋になっちゃってねえ。過去1回も持将棋になったことなかったのに(注:1400局中1局)、夜遅くなって申し訳なかったねえ(笑)」
西山の攻勢が続く。柵木が▲7四歩と桂取りに打ったのを手抜き、端から攻めたのが控室を驚かせた。おいおい、桂まで取らせるのか。しかし調べてみると、先手陣はイヤミだらけですっきりした手がない。下手に右辺を攻めると遊んでいた飛車銀が働いてしまう。「西山さんのハンマーが当たりそうやねえ」と今泉。糸谷哲郎八段も棋士室に訪れ「柵木くん、ちょっと、焦る展開ですね。大熱戦です」と言う。
いつのまにか柵木がネクタイを外していた。闘志むき出しで将棋盤を食らおうとしている。西山の視線も鋭い。両者とも相手の読み筋を外そうとしている。
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「人間同士の戦いやからなあ。面白いなあ」と福崎がいい、皆が頷く。
気づけば全員、将棋そのものに夢中になっていた
西山の猛攻が続く。角を切り、香を走って王手。金銀桂が持ち駒に加わった。さっきまで柵木が残しているかと、冷静な表情だった検討陣が、西山が△8七歩と角取りに歩を打ったところで一変した。この手への対応が難しい。玉で取ると桂打ちの王手がある。角が逃げると上から銀を押さえて詰めろがかかる。
いったいどうすればいいんだ?
棋士室の温度が上がったように感じた。福崎、畠山、今泉健司、西田拓也、石本さくら女流二段、藤井奈々……皆の顔付きが違う。
この対局は、史上初の女性棋士が誕生するかどうかという、大きな意味を持つ。世の中のほとんどの人々が、西山の勝利を願い、応援していることだろう。私だってその鬼勝負を見届けたくて、はるばる新幹線に乗って関東からやってきたのだ。しかし我々は、いい将棋を前にしてしまえば、将棋そのものに夢中になってしまう人種だった。誰が指していようと、何のための対局であろうと、指されたその手への最善手を探してしまう。
先手の角を見捨てる攻めの順を、継ぎ盤で並べる。畠山が「これしかないか? しかし、怖いぞ? 指せるのか?」と言う。
勇者柵木の決断、西山も諦めていいわけがない
やがて、柵木が決断した。歩打ちを手抜き、歩を叩いて王手して、金取りに桂を打つ。▲7五桂打! 畠山が指摘していた一手だ。棋士室に歓声があがる。角をただで取らせる手だけに指しにくいと見ていた。
「よくぞ手抜いたねえ」
畠山が感嘆の声をあげる。勇者柵木、最大の関門をクリアした。
だが西山はまだ諦めない。諦めていいわけがない。

